第36話 そういうのはずるいと思う。
「とっても美味しかったのです」
「そりゃよかったな」
ご満悦そうで何より。
しかし、母さんも母さんだ。
あんなごちそう、誕生日でもなかなか見ないぞ……。
まぁ、家に遊びに来る友人と言ったら耀司くらいなので、久々の新顔に張り切ってしまったのかもしれない。
その他の可能性については考えるのをやめておこう。
それを追求しだすと、俺の部屋にすばるがいるという状況に耐えられなくなる。
「意外と普通の部屋なのです」
ベッドに腰かけたすばるが、俺の部屋をくるりと見回して、やや残念そうにする。
なんだ、萌えキャラのポスターでも貼っておいた方がよかったか?
「本棚も小さいですし……ちょっとがっかりなのです」
「ああ、並べて悦に入る趣味はないんでな。楽しみ終わったら魔法で亜空間に収納している」
でないと、壁一面ゲームとラノベで埋め尽くされてしまう。
「蒼真。今日は、迷惑をかけたのです」
「平常運転過ぎる。特筆して今日に限ったことじゃないだろ」
「む」
一瞬口を尖らせたすばるだったが、徐々にへんにゃりと眉を下げて俯く。
「その通りなのです。わたしは何をしているのでしょうね」
「おいおい、真に受けるなよ」
思わず、すばるの頭に手を伸ばす。
少し濡れた髪が、ひんやりとした感触を俺に伝えてくる。
「そう気にするな。言い過ぎたなら謝る」
「蒼真は、どうしてわたしに優しくするのです?」
上目遣いに、すばるが俺を見る。
疑問と期待の入り混じった目だ。
「さあな。別にことさら優しくしているつもりはないぞ?」
「そうなのです?」
「そうなのです」
少しあっけにとられた風なすばるの頭をぽんぽんと撫でやってから、ふと気づく。
あれ、これは女子にやってもいいやつだったか?
そもそも、なんですばるの頭なんて撫でてるんだ?
「どうしたのです?」
「何でもない。それより、お茶のおかわりはいるか?」
「お構いなくなのです」
……なんだかセーフっぽい。
いくらすばる相手とはいえ、女子にドン引きなどされると明日学校を休みたくなっちゃうからな。
「蒼真。何かしてほしいことはないのです?」
「急にどうした」
「わたしは、きちんとお礼をする女なのです!」
また妙なことを言い出したぞ、こいつ。
「いらん」
「何故なのです?」
「何故って……そりゃ、大したことはなにもしてないからだろ」
俺の言葉にすばるが首をふるふると横に振る。
「そんなことはないのです。蒼真は真理を助けてくれたのです。それに、蒼真に会ってから……とっても──」
声が徐々に小さくなって、最後には俯いてしまった。
何をごにょごにょと。
「とにかくっ! お礼をするのです!」
顔を赤くしたすばるが、力強く宣言する。
心意気は買うが、押し売りはよくないな。
「何でもいいのです。でないと気が収まらないのです」
「そういわれてもな……」
本当に困った。
およその事は自分でできるので、特に何かしてもらうこともない。
しかも、頼む相手はあの
迂闊なことを頼めば、逆に大惨事となる可能性が高い。
「ちょっとだけなら……え、えっちなことでもいいのです」
「なん──だ、と……ッ!?」
とんでもない発言に、思わず心臓が跳ねた。
できるだけ意識しないように、そう……しないようにしていた客観的視点が、深層意識からせり上がってくる。
部屋に二人きり。
風呂上がりの美少女。
男子高校生には耐えがたいシチュエーション。
いつ、どの角度から間違いが起きてもおかしくないレギュレーション。
しかも、当人のお墨付き。
「待て……待て待て。バカを言うもんじゃない」
深呼吸をして、冷静さを取り戻すんだ。
問題ない。俺の
この程度の動揺など、余裕でクリアだ。
「……心の声が漏れてるのです。ふぁんぶるするのです?」
「少し黙っていてもらおうか!」
落ち着け、俺。
ガワは可愛らしいが、中身は
練りに練った前口上の途中で最強魔法をぶっぱなし、出会いがしらに
うっかり触れれば『聖なるボディブロー』で、のたうちまわる羽目になるに決まっている。
「すばる、そういう事を軽々しく言うんじゃありません」
「お父さんみたいなのです」
お前のような危険な娘を持った記憶はないぞ。
「それに軽々しくは言ってないのです。そのくらい蒼真に感謝しているってことなのです」
「感謝が重たすぎる……。もうちょっとポップでライトな感じのお礼にしてくれ。心臓に悪い」
「魔王のくせにヘタレなのです」
「俺も男なんだからな。そう煽るもんじゃない」
俺の様子に、すばるがクスクスと笑う。
まったく、わかってるのかわかってないのか。
「蒼真」
「ん?」
「ふぁんぶる、してもいいのですよ?」
気恥ずかしそうに微笑むすばるを直視してしまった俺の中で、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます