第40話 本当にやばいのは空気でわかる。

「あふぅ……」


 口と耳から煙をあげながら、すばるがぐでんと脱力している。

 さすがに詰め込み過ぎたか。


「少し休憩するか」

「がんばるのです。テストが終われば夏休みなのです」


 高校に入って初めての夏休み。

 期待する気持ちは俺にもある。


「そういえば、蒼真は夏休みどうするのです?」

「いろいろと考えてはいる」


 そう、一か月に及ぶ毎日が日曜日週間。

 録りためたアニメ、積読しているラノベ、ゲームのやり込み……時間はいくらあっても足りない。

 それに、今年は耀司と一緒にバイトに行く予定もるし、バイクを買ったらツーリングにも行きたい。

 やりたいことはいくらでもある。


「……?」


 まだ見ぬ夏休みに思いをはせていると、ふと視線を感じた。


「なんだ、日月」

「せ……せっかく、お友達になったのですから、わたしと遊んでくれてもいいと思うのです」


 おい、照れながら言うなよ。

 うっかりキュンとしちゃっただろ。ほんの少しだけ。


「バイトで十日ほどこっちにいないけど、それ以外なら声かけてくれたら合わせるぞ?」

「どこかに行くのです?」

「ああ。耀司と一緒に南の島で住み込みのバイトをな。それでようやくバイクの購入資金が貯まりそうなんだよ」

「そんな陽キャの巣窟みたいなところ、バイトに行って大丈夫なのです?」


 あまりに直球で的確過ぎるツッコミに、俺は沈黙せざるを得なかった。

 軽い気持ちで承諾したものの、俺に接客とか可能なのだろうか?


 ……考えたら不安になってきた。


「き、きっと大丈夫なのです。灰森君も一緒なのです」


 しくじったと察したらしいすばるが、焦った様子でフォローを入れるが、不安は残る。

 気にしだすと止まらない性分は前世からの持ち越しだ。


「そうだといいんだがな。まあ、できることをするさ。バイクの為だ」


 バイト先も耀司の親戚が経営する旅館だし、何とかなると信じよう。


「さて、今はそれよりもテストだ。まずはざっとテスト範囲の問題を解いてみようか」

「はいなのです」


 いいタイミングなので話を切り上げて、問題集を広げる。

 一時間前完全に止まっていたすばるのペンは、ページを次々とめくっていった。


 * * *


 二週間後。

 全てのテスト日程を終えた教室は、解放感に満ちていた。

 あとは、耀司がしくじっていないことを願うばかりだが。


「ヤバみ溢れる響き合う」


 ……この様子ではまずいかもしれない。


「おい、大丈夫か」

「ヤベェ……」


 やばかった。

 浮かれる周囲を完全に置いてけぼりにするテンション。

 これは相当深刻な事態かも知れない。


「最後のが特にヤベェ」

「ああ、丸岡の古文か。なかなかの難易度だったな」

「はぁー……終わったもんはしゃーねぇ。沙汰を待つしかねぇな」


 溜息をついて頭を掻いた耀司が、気を取り直した様子で俺を見る。


「んで、蒼真。もう準備終わってんのかよ?」

「いや、まだだけど。ま、着替えあればいいだろ?」

「バッカおめぇ、水着忘れんなよ? むしろそっちがメインっつーか」


 軽く忘れてた。

 そう、アルバイトする旅館は最近リゾート開発された孤島にあり、自由時間とバイト後の三日間はリゾートを楽しんでいいという好待遇なのだ。


「……忘れてたって顔だな? んじゃ、今から買いに行こうぜ」

「そうするか」


 せっかくの南の島だ。

 水着も新しくして高校生らしくはしゃいでみるのもいいだろう。


「──……悪だくみの気配がするのです!」


 出たな、正義の味方。


「何が悪だくみか。ただの買い物の相談だろ?」

「蒼真! テスト明けは打ち上げと相場が決まっているのです! おかげさまでテストは完璧だったのです! ありがとうなのです」

「あ、はい。オメデトウ。あと、青天目な」


 勢いのまま、すばるが教室に入ってくる。

 夏服の映える美少女は、なかなかに目を引くらしく……例によって、俺に注目が集まってしまった。

 しかも、その後ろにはすらりとしたモデル体型の吉永さんが続く。


「お、いいじゃん、打ち上げ。時間あんなら、買い物と一緒にやっちまおうぜ」


 さすが陽キャ……!

 機転が違う。これが経験の差か。


「何の相談かな?」

「お、いいんちょ。よかったら一緒にどうよ? 打ち上げ」

「いいね。私もいっていいの?」

「モチのロン! いいよな、蒼真?」


 話を振られた俺は、頷いて応える。

 さりとて、このままここに留まるのはよろしくない。

 さっきからゴロツキじみた視線を送ってくる相模と河内もいるし、これ以上大所帯になっては動きにくい。


「じゃ、行きますかね」

「おう」


 察した耀司が、立ち上がり歩いていく。

 それに追随する形で立ち上がり、すばるたちに目配せする。


「どうする? 先に買い物済ませちまうか?」

「そうだな。かまわないかな?」


 そう女子勢を振り返ると、肯定の声が三人からあがった。


「ところで、何を買うのです?」

「海に行くんで水着をな」


 俺の返事に、女子勢がわずかに表情を変える。

 三者三様の顔だが、さて……?

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