第34話 決してヘタレたわけじゃないし、そういうのは違うと思うんだ。

「ただいま」

「お邪魔します」


 おい、緊張するなよ。

 お前から「なのです」をとったら、キャラクター性の八割が欠落するだろ。


「なんだか胡乱な気配を感じるのです」

「……それでいい」

「?」


 水滴で玄関を濡らしながら待つこと数秒、母がパタパタとタオルを持って現れた。


「あらあら、どうしたことでしょう。お兄ちゃんが女の子を連れてきたわ」

日月たちもり すばるなのです。突然お邪魔して申し訳ないのです」

「まぁ、ルビまでふってご丁寧に。蒼真の母です。ええと、お赤飯、炊いたらいいのかしら?」

「もう一枚タオルを持ってきてもらえると助かるかな?」

「はいはい」


 受け取ったタオルをそのまま日月に手渡しつつ、俺は苦笑する。

 こういう反応になるだろうことは想像できたが、ずぶ濡れの日月をどうすることも出来ず……結局、我が家に連れてくるという選択肢しかなかった。


 「ヘタレやがった」とか言わない。いいね?

 だいたい、十六歳の高校生はああいういかがわしい施設には入れないんだ。

 特に制服のまま入るとか、冗談にもならない。絶対に補導されるし、そんなことになったら恥ずかしいし、恥ずかしい思いをした報復で補導に来た警察官が恐ろしい目に合うかもしれない。

 主に、正気に戻った日月が。


 ……かと言って、ずぶ濡れの日月をそのまま帰すというのもどうなのかというジレンマもあり、こうして我が家にお招きするしかなかったのだ。

 こんな事なら前世からもっと積極的に生活系魔法の練習に取り組めばよかった。

 衣服の洗濯とか乾燥とか、全部お付きが魔法でやってたもんな……。


 今からでも練習するべきかもしれないが、それを教えてくれる魔法の使い手を見つける方が大変そうだ。


「よかったのです?」

「何がだ?」

「その、家に来てしまって。わたしなら大丈夫なのですよ?」


 そんな殊勝なことを言いつつも、小さく「ヘクチッ」とくしゃみをするこのヘッポコ勇者はとても大丈夫そうには見えない。


「気にするな。服を乾かしながら雨が上がるのを待てばいい」

「でも、迷惑をかけてしまうのです」

「今更過ぎる」


 思わず笑ってしまった。


「まぁまぁ、仲良しさんね。すばるちゃん、ご飯食べていくでしょ? お風呂沸かしたからどうぞ」

「はぇ?」

「そんな濡れたままじゃ風邪ひいちゃうわ。蒼真、使い方を説明してあげてね」


 追加のタオルを渡すだけ渡して、母は上機嫌にその場を後にしてしまった。


「ど、どうすればいいのです……!」

「抵抗は無意味だ。言われた通り、風呂にはいっていけ。覚悟しろ、夕飯もきっと食べていくことになるぞ」


 あの有無を言わせない感じ。

 初めて耀司が家に来た時とよく似ている。

 母がああなれば、もはや俺にだって止められやしない。


「ま、そう気負うこともない。友達の家に来て、ちょっと長めの雨宿りをするだけと思えばいいさ」

「そういうものなのです?」

「そういうものなのです。勇者がこんなことで怖気づいてどうする」


 俺の言葉に、すばるが小さく笑う。

 肩の力が少し抜けたようだ。


「風呂、こっちだ」


 水気をふき取ったすばるを風呂場に案内し、一通りの説明をする。

 と言っても、湯の出し方さえわかれば問題ないだろう。


「……大きなお風呂なのです」

「親父が人を招いて『風呂呑み』ができるようにって、こだわった結果だ。掃除が大変なんだがな」


 ちなみに、その風呂掃除は俺の担当である。

 面倒なので、こっそり作った液状生物スライムに毎夜掃除させているのは秘密だ。


「タオルはここのを使って……濡れた制服は洗濯機の中に入れておいてくれ」

「わかったのです」

「じゃあ、ゆっくり暖まれよ」


 手を軽く振って、風呂場を閉める。

 そして、廊下を出た瞬間……母と妹に捕まった。


「兄さん。あの方とはどういったご関係なのですか」

「小梢。詮索はよくないな」

「質問に答えてください」

「見ての通り、友人だ」


 眼鏡をクイっとあげた小梢が、俺の瞳をじっと覗き込んでくる。


「……嘘は言ってないようですね?」

「怖いよ!?」


 なんだって、審問みたいになってるんだ。


「でも梢ちゃん、すばるちゃんはお兄ちゃんのことまんざらでもなさそうよ?」

「このゴミみたいな陰キャを好きになるなんてありえるのでしょうか……?」

「言いすぎじゃないかな、小梢?」


 いくら何でも実の兄をゴミ呼ばわりはひどくないだろうか。

 我が家ではよく見る光景ではあるが。


「そうよ、小梢。せっかくお兄ちゃんに春が来そうなんだから、しっかりと家族でフォローしないと!」

「そうですね。兄さんにこんなチャンス、もう二度と訪れないでしょうし」


 妙に不機嫌な小梢が、小さくため息をつく。

 お前、外ではもう少し抑えろよ? 彼氏できないぞ?

 言葉、キツすぎるからな?


「着替えを準備してきます。母さんは夕飯の支度があるでしょう?」

「そうね。お願い。蒼真は着替えていらっしゃい」

「そうさせてもらうよ」


 自室に戻って、濡れた制服をハンガーにかける。


「ううむ、このまま乾かすのもまずいか」


 生乾きの臭いをさせての登校は、さすがにちょっと憚られる。

 仕方ない。すばるの制服と一緒に洗ってしまおう。乾燥も併せて三時間もあれば終わると思うし、分けるのも二度手間だ。


「よし、さっさと洗濯しちまうか」

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