第33話 生活魔法も訓練しようと思います。
病院のそばの路地裏に転移した俺は、早足に吉永さんが運び込まれた西門総合病院へと向かう。
すばるから聞いた通りに三階へと上がり、周囲を見回すと制服のまま椅子に腰かけるすばるを見つけることができた。
「すばる、吉永さんはどうだ?」
「……蒼真! わからないのです、急に倒れたのです」
「貧血か何かか?」
「それもわからないのです。いまは、眠っているのです」
すばるがちらりと視線を向ける先、閉まったままの扉がタイミングを合わせたように開く。
「……!」
「お友達かな? もう入ってもいいですよ」
年若い男性医師が、俺達にそう軽く会釈する。
「真理はだいじょうぶなのです?」
「個人情報だからね、僕からは教えられないんだ。ごめんね」
この言い方は、何か問題がある時の言葉だ。
混乱中のすばるには届かないようだが、察してくれという医師なりの表現だろう。
「日月、吉永さんの顔を見に行こうぜ」
「なのです」
急ぐ日月の背中を見つつ、医師に会釈して俺も病室へと向かう。
「真理!」
「あはは、ゴメンねー、心配かけちゃって」
病衣に着替えた吉永さんの顔色は悪い。
ああ、もしかして……これを隠すための日焼けと濃い化粧なのか。
「大丈夫なのです?」
「んー……どっかなぁ。ダメかも? えーっとねぇ」
困った笑顔の吉永さんがとつとつと語りだす。
その内容は、本人にもすばるにも残酷な内容だった。
先天性の疾病があること。
二十歳までは生きられないと言われていること。
どうしても
夢がかなって、友達も出来たこと。
──そして、限界は思ったよりも早めに訪れそうだということ。
無理した笑顔を浮かべていられるのは、すばるがすでに目に涙をためているからだろう。
「せっかくJKになったのにさー、これからだっていうのに。ごめんね、すばる」
「……ッ」
唸ったような鳴き声を上げたまま、すばるが病室を走って出ていく。
「あ、すばる!」
病室の中に、鞄もスマホも置きっぱなしのまま行ってしまった。
気配の遠ざかり具合を見ていると院外まで言ってしまっているようだ。
「やれやれ、落ち着かん奴だ」
「ほんとにね。ねぇ、ナバちゃん。アタシさ……もう無理っぽい。あの子のこと、頼んでいい?」
「断る。拾ったら最後まで面倒をみるもんだ」
「そのまま返すよ。すばるったらさ、ナバちゃんの話ばっかするんだよ?」
なんだ、魔王攻略の手順でも漏洩してるのか?
勇者ではない吉永さんにはいささか荷が重いんじゃないだろうか。
「美人薄命ってねー……シャレんなんない。あはは」
すばるがいなくなったからか、吉永さんの目には、小さく涙が光る。
「ホント、頼んだかんね。すばる、ほんとはすっごく寂しがり屋なんだから」
「悪いけど、俺はいつまでもあいつのそばに居るわけにはいかないんでね」
「なにそれ? すばるはカワイイっしょ。何が気に入らないワケ?」
「諸事情あるんだよ。……気に入ってはいるさ」
軽く指を振って、<
たかだか人間風情が罹患するような病気なんぞ、元魔王たる俺にかかれば指先一つで無問題だ。
……はい、治った。
まったく、深刻になり過ぎだ。
俺のラブコメにこういう重いのはいらない。引っ張るのも面倒なので、もう判明したその場で解決しよう。そうしよう。迅速な対応は仕事を増やさない秘訣だ。
「早く退院してすばるの面倒を見てくれ」
「ナバちゃん、話聞いてた? わりと深刻なんだって。アタシ、死ぬんだって」
「大丈夫だ。病気の事はもう心配ない」
「なにそれ。励ますにしても適当過ぎない?」
少し笑った吉永さんが、すばるの鞄とスマホを俺に渡す。
「もうすぐ親来るし、面会時間も終わっちゃうからさ。これ、すばるに届けてくんない?」
「承った」
「ついでにフォローもしといてよ」
「苦手分野だ、期待しないでくれ」
俺の答えに吉永さんがまた笑う。
「すばるのこと、お願いね」
「今回だけだ。すぐに交代を頼む」
「……交代、できたらいいな」
「できるとも。明日からでもな」
軽く笑って見せて、俺は病室を後にする。
さて、すばるはどこに行った。気配は随分遠ざかっていて、やけに曖昧だ。
まさか<
「……こっちだな」
曇天が雨天に変わり、雨が降り出した街を気配を頼りに歩く。
<
ああいう微細な魔力放出を維持する系魔法は、
今日はその
つまり、雨に濡れながら町を彷徨っている。
六月とはいえ、雨に打たれれば冷える。
それはきっと、すばるも同じだろう。
勇者殿は人族なので<
「お、みつけた」
俺の声に、ずぶ濡れのすばるが小さく顔を上げる。
「遠くまで来たもんだな」
「蒼真……。どうしよう、真理がいなくなってしまうのです」
「落ち着け」
肩を震わせながら、すばるがしゃくりあげる。
「初めての友達だったのです。わたしのことを許して助けてくれる、たった一人の親友なのです……」
「だから落ち着けって」
「だって……だって……」
いよいよ顔を両手で覆って泣き出してしまうすばる。
「ええい、プレセアめ。俺が誰だか忘れたのか」
「蒼真なのです」
「元『魔王レグナ』で、その力のほとんどが使える『青天目 蒼真』だ」
きょとんとした顔で俺を見るすばる。
「侮ってくれるなよ。あのくらいの病気、魔法で何とでもなる。もう治した」
「?」
「不思議そうな顔をするな。もしうっかり死んでいたって、
「真理は助かるのです?」
「だからもう治したって。健康長寿で半不死の魔族の回復魔法なめんなよ」
次の瞬間。
すばるが俺に飛びついてきた。
「蒼真……!」
「お、おい。ほら、泣くな。問題は解決したし、雨は寒いし。スマホと荷物も持ってきたし、風邪ひく前に帰るぞ」
そう言っても離そうとしないすばる。
「ありがとうなのです。本当に、本当にありがとうなのです」
「わかったわかった」
濡れたすばるの頭を軽く撫でやって、どうしたものかと考える。
このままじゃ、俺はともかくすばるは風邪を引きそうだ。
軽く視線を泳がせた先に、『HOTEL』の看板が目に入った。
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