第32話 うっかり名前で呼んじまったよ。

 イベントらしいイベントも終わり、六月に入って数日たった。

 空は曇りがちだが、教室の雰囲気はいつもとかそう変わらず明るい。

 俺はというと、クラスメートとはそれなりにいい距離感を保ちながら、いつも通りに陰キャライフを満喫していた。

 高校デビューなんてなかった。だが、特に虐げられるわけでもなく自分を偽ることも特にしなくていいこの状況は、それほど悪くない。


「よっ、蒼真」

「耀司、どうした?」


 放課後、曇り空に急ぐクラスメートを傍目に耀司が声をかけてきた。

 長めだった髪は「バージョンアップ」と称して今は短めで、落ち着いたカラーリングになっている。


「最近どうよ」

「RBシリーズの新作が出たのでゴキゲンだ。些か睡眠不足だが」

「そうじゃねぇよ。日月ちゃんとの話よ」


 わかっててはぐらかしてんだよ。


「またそれか」


 課外活動の一件、結局周囲の記憶をいじることはしなかった。

 日月に釘を刺されたのもあるし、不特定多数の整合性を保つのは難しそうだったからだ。

 代わりに、真実に近い情報を耀司に頼んで広げておいた。

 内容としては「友人が急遽来ないことになってソロになった日月が、幼馴染で同じくソロだった俺を案内役に指名した」という、傍目に見ればそうとしか思えない噂である。


 これまでの流れで俺と日月の関係性はある程度認知されているし、気安い仲であるというのも知れている。

 その上で、当日誰も日月を誘わなかったという事実も相まって、その噂で状況を収束した。

 つまり、俺は『ちょっとラッキーな幼馴染』という相変わらずなポジションに収まったというわけだ。


 収まってるよな?


「誰に向けた確認だよ」

「お前と、お前以外の誰かだ。それで?」

「いやよ、ちょっと妙なことになってんだよな」


 どうして俺が問題ないように立ち回っているのに妙なことになるんだ。

 起承転結が起承転転転……結なし、になってる気がしてならない。


「お前と日月ちゃんって付き合ってないんだよな?」

「そう言っている」

「でも、いまHOTな情報筋ではお前らって公認カップルだぜ?」

「は?」


 思わず真顔になる。


「んでもって、蒼真がその態度だろ? 日月ちゃん狙いの男子諸君はストレスがマッハなワケよ」

「俺の事は気にせず命を大事にガンガンいけ。みんな頑張れいろいろやろうぜと伝えてくれ」

「同級生をバカなAIだと思ってねぇか……? てか、もう玉砕した連中が死屍累々でこの発信してるんだよな」


 男避けに俺を使ったか?

 いや、日月がそんな権謀術数な思考を持ち合わせているとは思えない。

 あるとしたら吉永さんあたりだろうな。

 しかし、俺みたいなのを弾避けに使うなんて日月にも迷惑な話だろうに。


 男の趣味が悪いなんて話になったらどうする。


「んでもって、それを後押ししてんのが蒼真が麻生さんをフったって噂よ」

「は?」


 再度の真顔。

 俺の顔から笑顔を消すだけの簡単なお仕事か。

 まぁ、普段から笑ってるわけじゃないが。


「こっちの噂は女子連中からな。何かやらかしたのかよ」

「うーん……ん? いや、誤解だろ」

「課外活動の時に……何かやってねぇ?」

「あっ」


 いや、しかし。

 状況的に仕方ないだろう。

 保護者的立場から日月を放っておくことはできなかったし、そもそも告白でもなんでもない。

 お誘いがあったのを、断腸の思いで断っただけだ。


「かくかくしかじか、なんだ」

「何でオレはその言葉で状況を理解できちまうんだ……?」

「細かいことはいいじゃないか」


 乾いた笑いと一緒に、肩を叩いて誤魔化す。

 俺もまさかこれで伝わるとは予想外だったけど。

 やってみるもんだな!


「しっかし、それ……誤解でもなんでもなくね? 客観的に見てよ」

「客観的に俯瞰した結果、ぼっちの救済としか思えなかったんだが?」

「わざわざお前ひとりを一人で誘いに来るってのはだと思うぜ?」

「麻生さんが? それはないだろ」


 クラスメートではあるし、女子の中ではそれなりに言葉を交わす方ではある。

 しかして、そんなイベントが発生するような親密な関係でもなし、そもそも友達と呼べるかすら怪しい距離感だ。

 それを一足飛びに詰めてくるなんてことあり得るだろうか?


 ……ないでしょ。


「恋はいきなり始まるもんだぜ?」

「馬鹿め。そんな安っぽいラブコメみたいな都合のいい展開があってたまるか。特に何もしていないのに存在するだけでモテモテ! とか、異世界転生したなろう主人公くらいだ」

「陰キャムーブ過ぎんだろ」

「抜かせ。女子に声を掛けられたら罰ゲームかな? って予想するくらいには警戒する」


 よそう。自分で言っていて悲しくなってきた。


「いや、でもよ……」


 耀司が口を開いた瞬間、スマホが鳴る。

 これ幸いとスマホを取り出しすと、画面に映っているのは『日月 昴』。

 電話とは珍しいことだ。


「はいよ。どうした」

『蒼真! 真理が、真理が……』


 切羽詰まった声に、思わず緊張する。


「吉永さんがどうした? 落ち着いて話してくれ」

『急に倒れたのです……。わたしは、わたしも一緒に病院に、きたのですけど……』

「泣くな、すばる。どこの病院だ」


 しどろもどろの言葉の中から情報を拾い出して、耀司がさっと出してくれたメモに書き留める。

 気が利くやつだ。魔王時代にいたら四天王(気遣い)で出世させていたところだ。


「……わかった。俺も行くから、そこで待ってろ」


 通話を切って、耀司に向き直る。


「ちょっと行ってくるわ」

「おうよ、気をつけてな」


 軽い挨拶だけ交わして、鞄を掴んで早足に教室を出る。

 要領を得ないが、すばるが困っているのは確かだ。

 しかも、そのフォローができそうな吉永さんその人が倒れているという。


 あの取り乱しようは、些か心配だし……とっとと向かうことにしよう。

 幸い健康診断で行ったことがある病院だし、近場まで<転移テレポート>もできる。


「待ってろ、すぐ行く」


 そう独り言ちて俺は、すぐさま物陰から跳んだ。

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