第31話 ちなみに『死の魔法』なら頑張れば使えそうな気がする。

「クラスメートからか?」

「……真理からだったのです」


 挙動不審なままスマホを仕舞い込んだすばるが、妙にそわついている。

 もしかしてお手洗いを探していたりするんだろうか?


「そ、蒼真。レストランは、いいのです」

「腹減ってないのか?」


 まぁ、チュロス食ったしな。


「そうではなく……お弁当を持参しているのです」

「あれ、料理できないんじゃなかったのか?」

「そんなことはないのです」


 食べ専とかって言ってた気がしたが。

 聞き間違いだろうか。


「じ、実は、真理の分も作ってきたのですが……良かったら、どうなのです?」

「俺が食っていいのか?」

「食べないともったいないのです」

 確かに、作った弁当をそのまま持って帰るというのは少しばかり寂しい。

 俺も弁当を詰めることがあるので気持ちはわかる。


「じゃあ、ご相伴に与ろうかな」

「じ……じゃあ、荷物をとってくるのです」


 妙に浮足立った様子で立ち上がり、高速でDエリアのロッカーへ駆けて行くすばる。

 おいおい、転ぶなよ? 道がへこんだら大変だからな。


「しかし……」


 これは、なかなかない経験だな。

 客観的に見れば、一生の思い出レベルの幸運ではないだろうか。

 美少女すばると制服デートに手作り弁当。


 うん、ラブコメの主人公らしい、実にありきたりで悪逆な状況だ。


「ただいまなのです」

「おかえり。荷物、持つか?」

「……? 急にどうしたのです? 気味が悪いのです」


 ちょっと配役カレシらしいことをしようとすればこれだよ。

 まあ、役者として不足なのは仕方あるまい。

 今後、俺よりも気遣い上手な男がすばるをリードしてくれることを期待しよう。


「せっかくなので、お任せするのです」

「はいはい」


 すばるが差し出した少し大きめのトートバッグを肩にかけて、テーブルベンチが設置されている広場へと足を向ける。

 広場はお昼時ということもあって、それなりに込み合っていたがまだまだ空席があり、その一つに俺達は腰を落ち着けた。

 周囲にはちらほらと西門高校の制服姿も見かけるが、もう耀司にあれだけ目撃情報が言ってるなら、今更警戒したところで焼け石に水だろう。


 いざとなれば、週明けに魔法で記憶をちょいちょいと改竄してしまえばいい。


「む、胡乱なことを考えている目なのです」


 何故ばれた。

 最近ちょっと鋭いぞ、すばる。


「それよりも、はいなのです」


 差し出された青い弁当包みを受け取る。

 結構、大きい。

 吉永さんは結構食べる方なんだろうか。


「おお、すごいな」


 青い包みを解いて、やはり少し大きめな弁当箱を開くと、なかなかどうして良くできているお弁当だった。

 一口サイズのおにぎり、出汁巻き卵にタコさんウィナー、具沢山な彩りのポテトサラダ、ハムに巻いた野菜スティック……オーソドックスながらどれも美味しそうだ。


「そ、そうなのです? ヘンではないのです?」

「いやいや、大したもんだ。料理できないと思っていたが、すごいじゃないか。バーベキューの時も手伝えばよかったんじゃないか?」

「う……わたしにもいろいろあるのです!」


 いろいろあるなら仕方ないな。


「召し上がれなのです」

「いただきます」


 手を合わせて、箸をとる。

 ふと見ると、随分小さめの弁当箱を広げたすばるが、伺うようにこちらをチラチラとみていた。


「どうした?」

「何でもないのです」


 こういう挙動不審な動きをするときは「なんでもない」ってことはないのだろうが、この頑固な元勇者は問いただしたところで、どうせそれを口にしない。

 ま、放っておけば後でぼろを出す。

 それまでは、そっとしておこう。


 出汁巻き卵を一つとって、口に放り込む。

 少し塩味が濃い気もするが、これはこれでなかなかにうまい。


「どう、なのです?」

「美味いよ。すばるは料理上手だな」


 俺の答えに表情を緩ませるすばる。

 なんだ、もしかして味の事を気にしていたのか?


「味見はしたんだろ?」

「何度もしているうちにわからなくなったのです」

「料理あるあるだな」


 話しながら向かい合って、弁当を食む。


「午後からは反対側のエリアに行くか」

「なのです。『タランチュラマン』ライドに行ってみたいのです」

「よし来た」


 マップを広げてルートを確認する。


「途中で『ヘンリー・ペッター』エリアのそばを通るけど、少し見ていくのはどうだ」

「賛成なのです! 魔法の杖が欲しいのです」


 杖などなくとも魔法が使える俺達に必要だろうか?


「そう言えば、映画の魔法……どのくらい再現できる?」

「どれも難しいのです。武装解除の魔法なんて意味が分からないのです」

「だよな。この世界の人間の『魔法』ってのは夢が詰まってていい」

「はっ! もしかして箒に乗れば<飛行フライト>を使ってもいいのです?」

「ダメに決まってるだろ」


 弁当箱を仕舞って俺は苦笑する。


「美味かった。ご馳走様」

「本当においしかったのです?」

「ああ。文句なしだ。この調子ならいいお嫁さんになれるぞ」


 軽口に一瞬虚を突かれた顔になったすばるが、顔を逸らす。


「女が料理担当なんて考え方が古いのです!」


 なにも怒らなくたっていいじゃないか。

 いずれ現れるだろう、この料理が毎日食べられる奴……ってのが、ちょっとうらやましくなっただけだ。

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