第30話 ラブコメってことを忘れなければ普通。

「だらしがないのです」

「面目ない」


 俺はすっかりぐったりとなって、ベンチでうなだれる。


 たかだか機械仕掛けのアトラクションなどと舐めていた。

 まさか『360度パノラマ・ハイスピードコースター』がこれほどのものとは、完全に予想外だったのだ。

 設計者が何を思ったか不明だが、どう考えても人間に耐えられるモノではない。

 宇宙飛行士でも訓練するつもりだろうか?


 まあ、すばるは奇妙な声を上げながら楽しんでいたようだが。

 これが楽しめるから<転移テレポート>にああも早く慣れられたのかもしれない。

 転移失敗を連続でやられたような恐ろしい体験だった。

 魔法とか目じゃない恐ろしさを味わうとは、本場アメリカは常軌を逸したスリルに満ちているらしい。


「大丈夫なのです?」

「すまん、少しだけ休ませてくれ。いや、治癒魔法を使うか」

「ダメなのです。今日は魔法禁止なのです」

「ぐ……」


 ふにゃりとしていると、すばるが膝の上をぽんぽんと叩いた。


「少し横になっているのです」

「おいおい……」

「遠慮することないのです。デートではよくあることなのです」

「それはどこ情報だ? 俺の知ってる限りでは、こってこてのラブコメでしか見ないような展開だが?」

「では問題ないのでは?」

「……確かに」


 納得するしかない。

 まあ、せっかくなのでお言葉に甘えさせてもらおう。

 きっとこの先、女子の膝枕のご相伴に与る機会などそう何度もない。

 ……一度もない可能性の方が高いくらいに。


「じゃあ、お邪魔します」

「どうぞなのです」


 後頭部にふわりとした感触が触れて、一息つく。

 視界には青空と、すばるの顔……を若干隠す、胸。

 意外と距離が近くて、目のやり場に困る。


「魔王レグナがジェットコースターに弱いとは意外だったのです」

「俺は繊細なんだよ。あんなにくるくると振り回されたら参ってしまう」

「<転移テレポート>の方がひどいのです」

「魔法で姿勢制御をするからな、あれは」


 すばるが小さく首をかしげる。


「ジェットコースターではしなかったのです?」

「魔法を使うなといったのはお前だろうに」


 俺の言葉に、すばるが意外そうな顔をした後、クスクスと笑う。

 そして、俺の頭を撫でながらふわりと笑みを浮かべた。


「律儀なのですね、蒼真は」

「笑うことはないだろう」


 すばるが普通でいることを俺が邪魔してはいけない。

 『ただの高校生として』いるためなら、このダウンも甘んじて受け入れるとも。


 しばし、歓談しつつも体を休めると活気が戻って来た。

 振り切られた三半規管が落ち着きを取り戻したようだ。


「さて、気力も戻って来たし次に行くか」

「はいなのです。おすすめはどれなのです?」

「ここから近いのは、『ダイナソースプラッシュ』だな。あれだ」


 すばる膝の上から頭を上げて、小さく振り返って示す。

 その先には人工の山と、そこから流れる巨大な滝と……その滝を急降下するボートが見えた。

 いつもは魔法制御で耐えているが、あれも今回は難所になりそうだな。


「TVCMで見たことがあるのです!」

「このスタジオの目玉アトラクションの一つだしな」

「ではあれに乗るのです」


 プランも何もあったものじゃないが、なるほど……こうして振り回されたりするのもデートの醍醐味なのか?

 何だろう、思ったより楽しい。


「オーケー、行こうか。荷物はこのままロッカーに預けておこう」

「はいなのです。映画はわたしもみたので、楽しみなのです」


 * * *


 思うままに、勢いのままにいくつかのアトラクションを回る。

 魔法を使わないというのは、なんだか逆に新鮮な気持ちだった。

 『ダイナソースプラッシュ』では大量の水を浴び、『ファイアーマン』では炎の熱を肌で感じ、『サメクルーズ』ではビビッたすばるに抱き着かれたりした。


 『普通』って言うのは、思いのほか面白い。

 もしかすると、俺は魔法を使うことで少しばかり損をしていたのではないだろうか。


「楽しかったのです。『サメクルーズ』はまた乗ってみたいのです」

「あれ、三コースあるらしいぞ」

「別のコースも行ってみたいのです!」


 あのやけにテンション高めのスタッフもルートによってセリフが変わるのだろうか?

 俺も少し気になる。


 小休憩に、ベンチに座っているとスマホが鳴った。

 見ると、耀司からだった。


「『おう、蒼真。どうよ』」

「『そこそこに楽しんでるよ。そっちはうまくいってるか?』」

「『問題ナッス。んで、そろそろ昼だけどよ、どうする?』」

「『どうするって、俺は適当に済ませるつもりだけど?』」


 骨付き肉やリング状になったポテトなど、各エリアに特有の屋台やレストランがある。

 せっかくすばるも一緒にいるのだし、昼飯くらいは奢ってやってもいい。


 それが男の甲斐性ってやつだと見た。ネットで。

 『AquaLion』でスマートに奢ってくれた牧野兄がカッコ良く見えたのだから、あながち間違いというわけではないだろう。


「『そうか。あと、すげー量の目撃情報があるんだけどよ、日月ちゃん一緒なのか?』」

「『ああ。吉永さんが今日いないらしくてな』」


 子守だ……というセリフを済んでのところで飲み込む。

 横で暇そうにしているすばるに聞かれるでもしたら厄介だし。

 しかし、目撃されるのは仕方ないとして、その情報が耀司に寄せられてるってのはどういうことなんだ。


「『D組の娘と一緒だろ? 俺の事はいいから楽しめよ』」

「『お互いにな。チューくらいしろよ? いい雰囲気になったらガーッといけ! それと──……』」


 何か言いそうになっていたが、通話ボタンを押す。

 なぜ俺がすばると『チュー』せねばならんのだ。淫陽キャめ、やはり呪いをかけておくべきだったな。


「どうしたのです?」

「ああ、耀司からだった。昼飯、どうする? 何か食べたいのあるか?」

「……えーと、その、何が……あるのです?」


 なんだ、この挙動不審さは。


「そうだな。骨付き肉が食べられるレストランか、さっきのサメクルーズがコンセプトになっているカフェもある」


 俺の返事と同時に、すばるのスマホからLINIAの着信音が鳴った。

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