第29話 魔王の願いは叶った。勇者の願いはどうだろうか?
「……お前とデートしてどうする」
「わたしとのデートが不服なのですか?」
「いや、そうじゃないが……」
何を意固地になっている。
だが、まあ……ありといえばありか。
悪くないとは思う。
その体を装っていれば、ナンパなどの脅威から一般人を守れるし、すばるのフォローもしやすい。
何かこいつがやらかしたとして、いざとなれば幻惑の魔法か何かで記憶を曖昧にしてしまえばいい。
「ま、いいか」
俺の返事に、不思議そうな顔を俺に向けるすばる。
「どうした?」
「素直なのです」
「俺はいつだって素直だ。それで? ここからどうする?」
「それを寄越すのです」
俺の綿密な計画が書かれたスタジオマップをひったくったすばるが、それを近くのごみ箱に丸めて放り入れた。
「なんとぉーっ!?」
「はい、これなのです」
代わりに、新たなスタジオマップを俺に渡すすばる。
「二人で行き先を決めるのです」
「さっきのでいいんじゃないか?」
「あれはコスパ重視すぎるのです。いいのです? 蒼真。デートとは……」
指を俺の鼻先に突きつけて、すばるがキリリとする。
「独りよがりではいけないのです」
「おいおい、驚かせるなよ。元ぼっち勇者の自己紹介かと思ったわ」
「と、とにかく! 行きたい場所を二人で決めるのです!」
「わかったわかった。それで、すばるはどれに乗りたいんだ」
平日の待ち時間のデータは頭に入っている。
プランがなくとも、ある程度のコントロールはできるはずだ。
「この『プテラノドーン・パノラマ・コースター』に乗ってみたいのです。本場アメリカから来た360度超危険コースターらしいのです!」
「ジェットコースターか……ッ」
不得意なんだよな……ジェットコースター。
レグナに目覚める前から不得意にしてて、小学生の頃に一回乗ったっきり乗ってない乗り物だ。
まぁ、俺もでかくなったし、いざとなれば魔法で姿勢制御も出来る。
大丈夫だろう。
「どうかしたのです?」
「いいや? これには乗ったことがないと思っただけだ。一発目にこれか?」
「なのです」
俺のプランには最初から入ってなかったアトラクションだが、まあいい。
今日は家族サービスのお父さんが如く、すばるに付き合ってやるとしよう。
「Dエリアだな。こっちだ」
スタジオ内の道はカラフルなアスファルトで色分けされていて、目的地に迷わず向かえるようになっている。
ちなみに、Dエリアはそこそこに歩く。
まぁ、このチュロスを食べきるにはちょうどいいか。
せっかくなので、ゆっくりパーク内を見ながらうろうろするのも悪くないだろう。
「待つのです、蒼真」
「どうした?」
振り返ると、すばるが手を差し出す。
「……ッ! チュロス代か……!」
「違うのです。このボンクラ魔王は、頭にクソ虫が詰まってるのです?」
女の子がクソ虫とか言わない。
あと、俺はボンクラ魔王じゃないぞ。
「じゃあ、なんだ?」
「デートなのです」
「らしいな?」
すばるの視線が、ちらりと周囲を泳ぐ。
釣られて見ると、なるほど。言いたいことはわかった。
「……無理をおっしゃる」
周囲の男女の多くは手をつなぐか、腕を組むかしている。
まぁ、仲睦まじいことで結構なことだ。
愚かな人間どもめ……身体的な距離感が精神的な距離感も縮めるなどという幻想でも持っているのだろう。
【
「胡乱なことを考えているのです」
「いいか、すばる。あれは精神的な──……」
「講釈はいいのです。それともわたしと手をつなぐのは嫌なのです?」
おい、やめろ。
怒ってるならともかくションボリするな。
その顔は卑怯だぞ!
「わかった、わかったから」
「わかればいいのです」
差し出された手を取って、ゆるくつなぐ。
柔らかな手の感触と少しひんやりした温感が、すばるの存在感をぐっと増させる。
……ああ、見ろ。これだから嫌なんだよ。
今の俺は、高校生の俺か?
それとも、魔王レグナか?
どちらにせよ、いつもこうやって突然に詰められる距離感に、毎度毎度戸惑うしかない。
何とも情けない話だ。
大体お前な……自分で言っといて、恥ずかしそうにするんじゃないよ。
それに、スタジオ内には西門高校の同級生もいる。
これを見て、みんなはどう思うだろうか?
どう誤魔化したもんかな……。
「蒼真?」
「ん?」
「やっぱり、嫌だったのです?」
「嫌なわけないだろ」
口からするっと、考えもなしに言葉が出た。
それが、あまりに自然すぎて……不安なくらいにすとんと腑に落ちた。
ああ……これが、俺の素直な気持ちか。
嫌なわけがない。
殺気もなく、覚悟した目もなく、穏やかに、楽し気に、手を繋いで
この瞬間に、かつての俺が望んだ全てがある。
こんなにうれしいことなんて、他にあるものか。
「大丈夫なのです?」
「ああ、すまん。ちょっと考え事だ」
小さく笑って、つないだ手を少し弄ぶ。
「どうしたのです? 少し、変なのです」
「興が乗った。今日一日よろしくな、すばる」
不思議そうな顔をしたすばるが、ふんわりと顔を赤くする。
「どうした?」
「な、なんでもないのです!」
「そうか?」
歩調を合わせて歩く。
すばるの歩幅は思ったよりも狭い。【縮地】を使って数メートルを一踏みで詰めるというのに、一歩はこんなに小さいのだ。
これが、普通ってことに違いなくて、驚くほど意外だった。
すばると二人、まるで親しい者同士のように手を繋いで歩く。
たった、それだけのことが、ひどく楽しかった。
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