第26話 夜はテントで語らうのがキャンプの醍醐味。
バーベキューもつつがなく終わり、すっかり暗くなってしまったキャンプ場では細々と数グループに分かれてちょっとした時間を過ごしているようだ。
テントの中で過ごす者もいれば、焚火を囲むものもいるし、感知範囲内では男女で出歩いている者もいるようだ。
……いかがわしいことはほどほどにな。
ま、これもこれで、中々キャンプの醍醐味というやつだろう。
そして、そんな夜に俺のテントを訪れる者がいた。
「蒼真? いるのです?」
「ああ、いる」
テントの中でスマホアプリをしながらまったりと過ごしていた俺は、幻術を解いてすばるを招き入れる。
「……やっぱり快適すぎるのです。テントというより、移動型ワンルームなのです」
「褒めるなよ」
「褒めてないのです」
トコトコと入ってきたすばるが、ソファに腰を下ろす。
「どうした? 夜に男子のテントに行くのは禁止なはずだぞ?」
「少し……ゆっくり蒼真と話がしたかったのです」
「話?」
マグカップに注いだ茶を渡しながら、すばるに向き直る。
「なんてことない話なのです」
マグカップを受け取ったすばるが、少し目を細めて俺に顔を向ける。
「勇者と、魔王の話なのです」
「それは、もういいんじゃないのか?」
「頭ではわかっているのです。もう終わったことだと、『日月 昴』には関係のないことだと理解はしているのです。それでも、スッキリさせたいことが、あるのです」
湯気の立つ茶をすすりながら、すばるがとつとつと話す。
「いままで、相談する相手もいなかったのです」
「そりゃな。それで、何が引っかかってるんだ?」
「どうして、『あの時』……手を抜いたのです?」
迷いと不安が入り混じった、しかして真剣な眼差しが俺に向けられる。
「手を抜いたわけじゃない。ただ、少しばかり諦めが早かっただけだ」
魔王として過不足なく戦った。
役割として……そう、魔王として勇者と相対した。
いや、言い訳はよくないな。
俺は、勇者プレセアと戦いたくなかった。
摂理として、あるいは道具として
勇者として生まれ、勇者として育てられ、ただ俺を殺すためだけに何もかもを犠牲にした人生を送り、歪んだ価値観と狭量な正義だけを刷り込まれた少女。
気遣いも、友情も、恋も、愛も知らぬまま〝ただ人類救済のために魔王を討つ〟ことだけを教えられ、それだけが自分の存在意義だと誤認したまま俺の前に立ったこの少女を、俺は救いたかった。
一人の人間として、生きていいのだと伝えたかった。
ただの少女のように振舞い、笑い、血と戦いから離れ、好いた男と共に眠る生き方もあるのだと、示したかった。
ただ、機能するためだけに生まれ、その機能を全うするためだけに生きる。
世界を管理する大きな歯車の一つとして、世界の安定と引き換えに怨嗟を引き受ける魔王というパーツ。
立場が違うだけで、俺達はまるで似ていた。
だからこそ、俺は彼女の仕事を全うさせたかった。
かと言って、自分の役割を放棄するわけにもいかなかったのだが。
「蒼真?」
思考が加速していたらしい。
気が付くと、すばるの少しひんやりした手が頬に触れていた。
「すまない。ちょっと昔を思い出していた」
「聞いては、いけなかったのです?」
「いいや、構わないさ。俺にしたって、レムシータの話を出来るのはすばるだけだしな」
いろいろと話したいことはあった。
あの時伝えられなかったこと、死の間際の願い、今生で再会してからの事。
……だが、それらは胸に秘しておくべきことだろう。
なぜならそれは『普通』とは程遠い。
元勇者は『普通の女の子』として人生を過ごそうとしている。
高校生となり、友人とバーベキューを楽しみ、その内きっと恋もするんだろう。
ならば、俺のできることはこいつをできるだけ前世から遠ざけてやることだけだ。
「蒼真は、やりたいこととかないのです?」
「俺か? 俺はそうだな……普通に生きるさ」
「目標は普通の男の子なのです?」
「バカを言うな、俺は今だってごく普通だ。ゲームとラノベが大好きなちょっと陰キャ気味の男子高校生だろ?」
俺の言葉に、ようやくすばるが笑顔をのぞかせる。
「雑な擬態なのです。それとも本性なのです?」
「さぁな。人で在ることなんて初めてのことだ。よくわからないな……」
思わず本音が漏れる。
魔王であったころはもっとシンプルだった気がする。
ただ素直にパーツとしての役割を果たすだけが、生きるということだった。
「だから高校生活を満喫すると心に誓ったんだ……!」
「高校デビューなのです?」
「失敗したけどな!」
機嫌よさげに笑うすばるが、俺の髪をつまみ上げる。
気安すぎやしないだろうか?
キャンプの夜に少し気が緩んでるのかもしれないな。
「ならもう少し外見に気を遣ったらいいのです。少し切って整えて、カラーリングもして印象を変えたらどうなのです?」
「キャラじゃないな」
「まったくもって強情なのです」
すばるに苦笑しつつ、耀司風に髪を整えた自分を想像する。
なるほど、この外見になれば「ウェーイ」などと意味のない掛け声を発しても許されるのか。
うん、確かに、雰囲気的に許されそうな気はする。
「そういえば、蒼真」
「ん?」
日月に請われるまま、俺は話に応じる。
白状しよう、心安らぐ時間だと。こうして、
「……だったのです。蒼真? 聞いているのです?」
「聞いている。それで?」
夜半まで語り合い……話し疲れた俺達は、いつの間にかお互いの肩にもたれたまま夢の世界へと転がっていった。
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