第22話 言っておくが、俺はエロ魔王ではない。
「お、帰ってきたな」
「約束通り、連れ戻して来たのです」
「さっすが、日月ちゃん。おかえり、蒼真」
設営の指示をしていた耀司が、まるで当たり前のように俺と、俺に抱えられたすばるを迎えてくれた。
「ただいま」
「
「ああ、世話をかけた」
「相変わらずめんどくせー奴だよ、蒼真は。どうせ自分がいたら迷惑になる―とか陰キャムーブ起こしてたんだろ? ああ、相模と河内の事は気にすんなよ? もう片付いた」
そう言えば、姿が見えない。
俺が戻ってくれば一番に難癖をつけに来てもいいくらいなのに。
さて、どこに行った?
軽く嫌がらせをしてやろうと思ったのに。
「さぁ、楽しいキャンプの続き……といきてぇとこだが、日月ちゃんはなんでそんななの?」
「ちょっと息切れしてしまったのです」
「……足腰立たないほど息を切らすようなことしてきたワケ? 林の影で? 大人の階段上っちゃった?」
「恐ろしい風評被害を撒き散らすな!」
本当に頭の中がピンクで満たされてるな、お前ってやつは。
「ジョーク、ジョーク。すぐにバーベキュー始めるからよ、ちょっと日月ちゃんと休んでろよ」
「悪いな、そうさせてもらう」
かるくウィンクした耀司が立ち去ってから、特製テントを地面に放り投げる。
指をパチン、と鳴らしてやるとそれはひとりでにパタパタと組み上がっていった。
「……便利すぎるのです」
「便利なのはいいことだ。ほら、中で休んでろ。しばらくゆっくりしているといい」
抱えたまま入って、ふわふわのソファーの上にすばるを転がす。
「蒼真はどうするのです?」
「詫びに準備を手伝ってくる」
「む、わたしも行きたいのです。さぁ、抱えていくのです」
抱っこをせがむようにすばるが両手を突き出す。
何とも魅惑的なトラップだが、首を横に振ってそれに応える。
「お前を抱きかかえて広場になんて行ってみろ、大騒ぎになる」
「若人は騒ぐものなのです」
「騒ぎの種類が違うだろ……。それに、その状態で行ったって、手伝いはできないんじゃないか?」
ふにゃりと眉尻を下げて、すばるが俺を見る。
「勇者化の弊害なのです。どうにかならないのです?」
「ふむ……」
確かに、こうも度々倒れていてはすばるも困るだろう。
俺も今生の体は人間そのもの。
魔族としての特性は少しばかり発現しているものの、生体的には普通の人間だ。
すばると何が違う?
「実際のところは、どんな感じなんだ?」
「体がだるいし、喉は乾くし、頭はくらくらするし……まるで魔力枯渇を起こしてるみたいな感じなのです」
「……みたい、ではなくてそのものじゃないのか?」
魔力枯渇。体内の魔力が尽きた状態。
肉体というのは理力・精神・魔力のバランスで保たれるものだ。
どれかのバランスを欠けば不調になるのは当たり前で、魔力枯渇はその中でも最も起こしやすい。
特に、魔法などの超常の力を揮う者は。
俺の場合、恥ずかしいことだが中二病に罹患した際に行っていた瞑想や、それに記憶と力を取り戻してから行った訓練が功を奏して、環境
すばるの勇者化がどれほどの魔力消費を課すのかは知らないが……症状的には魔力枯渇に酷似している。
「
「この世界だとエナジードリンクが一番近いんじゃないかな……翼を授ける系の……」
高濃度のカフェインは魔力を回復させる。
これ、マメな。
「このダルさから解放されるなら、何でもいいのです。キャンプが台無しなのです」
「ぐっ」
そう言われてしまうと、弱ってしまう。
つまるところ、すばるがこんな状態になっているのは俺のせいで、このままではすばるがキャンプを楽しめなくなる。
まあ、魔力枯渇であれば、いくつか対処法はある。
「【
「魔族視点でものを語ってはいけないのです」
【
相手から、存在そのものと言える理力・精神・魔力を奪取し、吸収する力で、俺からそれらを奪えば回復は容易い……と思ったが、やはり元勇者とはいえ人間族、無理があるか。
「あとはー……」
魔王時代は魔力を
ちょっと手の平から飛ばしてやればできたが、今はできない。魔族同士の共振みたいなものだ。
そういえば配下のカーネギーは腹心の半魔族の娘にどうやって魔力やらスキルやらを供給してたっけ?
ああ、そういえば……。
──……って、この方法はとてもじゃないが無理だ!
「……? 何か方法があるのです?」
「魔族同士でないと使えない手段だった」
「嘘の匂いがするのです」
どうしてこの元勇者は、こうも面倒なところでだけ勘が鋭いのか。
いつもの残念さをいかんなく発揮していればいいものを。
「きりきり白状するのです」
「これはダメだ。別の方法を考えるから待て」
「ダメかどうかはわたしが判断するのです」
言い出したら聞かないやつだ。
「はぁー……配下のカーネギーが半魔族に力を分けていた方法を思い出した」
「ああ、あのメガネをかけたエロ魔族。すぐに逃げた臆病者なのです」
触手系ではあるがエロでは……いや、エロだな。触手だし。
ただ、彼の名誉のために言ってくと、俺が即時撤退命令を出したのだから臆病者ではない。
生き延びてくれているといいが。
「あいつがやっていた方法ならと一瞬思ったが、無理だ。やめよう」
「説明もなしに諦めが早過ぎるのです」
「昴の言う通り、カーネギーはエロ魔族だ。あれのマネをするなんて十代の高校生には許されざることに違いない。どうしてもというなら十八歳を超えてからだ」
「何をしていたというのです?」
恥じらいとか、警戒とか、そういうのはどこに置いてきたんだ。この残念美少女め。
エロ魔族のやらかすことと言えばエロいことに決まってるだろ。
猥談をするには少しばかり日が高いぞ。
「何でもいいのです! さっさとするのです」
「そうはいってもなぁ……一応説明すると、──を──して、──んだぞ?」
顔を真っ赤にして俺を睨むすばる。
ていうか、純朴な男子高校生になんてことを説明させるんだ。
古今東西、こんな恥ずかしい隠語を魔王に連発させた勇者はお前ひとりだぞ。
「この淫欲魔王は聖滅するしかないのです!」
「バカめ、勇者化できないお前なんか怖くないぞ」
「くっ」
大体お前がやれといったんじゃないか。
「うう……それしかないのなら背に腹は代えられないのです」
迂闊に悲壮な覚悟をするんじゃないよ……うっかりその気になったらどうする。
「別な手を考えるから少し待ってろ」
ため息をつきながら、俺は思考を回転させるのであった。
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