第21話 どうやっても魔王は勇者にかなわないらしい。
「……待つのですッ!」
空からの高速飛来物が、俺の前で華麗にヒーロー着地する。
キャンプからほんの少し離れた国道の上、どういう理屈かもうもうと上がる煙の中から姿を現したのは日月である。
まぁ、日月以外ありえないだろう。
「待つのはお前だ! こんな目立つところで<
「どこへ行こうというのです?」
「……ちょっと家まで?」
チリリ、と日月から殺気が放たれて、周囲から鳥のさえずりが消えた。
のどかな山の空気を沈黙させるんじゃないよ、まったく。
「どうしてなのです?」
「……用事が、できたので?」
俺が何か答えるたびに殺気を増させる日月。
いまにも【聖剣】を抜きそうな雰囲気だ。
「下手な嘘なのです。正直に答えれば聖滅は免れるのです」
「諸事情ありまして……」
「嘘を言わなければいいというものではないのです。正直に、どういうことか、全て話すのです」
聖気と殺気を漲らせながら、日月が近づいてくる。
ああ、まずいなこれは……なぜか相当怒ってるような気がするぞ。
怒らせるような真似は何もしてないはずだが。
「えーっとあれだ、空気を読んだんだよ、空気を」
「この澄んだ空気に何か問題でもあるのです?」
「強いて言えば、俺がいると澱むと苦情があった」
魔王時代は世界の環境整備に随分気を遣ったものだ。
何せ、空気と水というのは生活に欠かせないわりにすぐに汚れるからな。
「なにか毒気でも吐くのです? <
「バカをいうな。俺は人間だぞ」
「なら、どうして急にいなくなるのです?」
しゅんとした様子で、濃い殺気を放つのはやめたまえ。
いつ聖滅パンチが繰り出されるかわかったもんじゃない。
「まぁ、ちょっとあってな。俺がいるとキャンプを楽しめないって奴がいるんだ」
「そんな事だろうと思ったのです。では蒼真、さっさと戻るのです」
「俺の話、聞いてた?」
昔から話を聞かないやつではあったが。
「蒼真が楽しみにしていた、と灰森君から聞いたのです。余計な気を回して損をする必要はないのです」
「そうはいってもな。それに損得じゃない部分もあるさ。やっぱり企画のカラーとか雰囲気とかあるだろ?」
「元魔王のくせに細かいことを気にする男なのです……。やっぱり予定通り叩きのめして引きずっていくのです」
周囲の空気が震えて、日月のプレッシャーが大きく増す。
こいつ、『勇者化』しやがった……!
「おい、日月……」
「すばる、なのです」
繰り出される拳が初速から音速を越え、衝撃波を発生させる。
当然、避けたが……収束したそれは山間部の事故を防止するガードレールを破壊した。
誰かがここから落っこちたらどうするんだ。
「落ち着け、すばる。力は使わないと約束しただろ?」
「蒼真が先に裏切ったのでノーカンなのです……ッ!」
ああー……しくじった。
気を遣ったつもりで日月の地雷を踏み抜いたらしい。
仲間に去られ、救うべき民衆にも遠ざけられた『勇者プレセア』のトラウマ。
裏切ったつもりは毛頭ないが、それを想起させるような行動であったかもしれない。
そこは反省点だ。
「勝手に帰ろうとしたのは悪かった!」
「では、戻るのです?」
……それは、どうしようか?
そう一考するほんの少しの逡巡が、日月にとってはアウトだったらしい。
ぞっとするような殺気を撒き散らしながら、超高速で飛び込んできた。
「何としてでも、戻らせるのです!」
「ヒェ……!」
避ける。
とにかく避ける。
アスファルトに多数の陥没を作り、ガードレールのそこかしこを途切れさせながらなんとか日月の猛攻をしのぐ。
一撃でももらえば……ひどいことになるのは確実だ。
「……ッ」
次なる攻撃に備えようとしたその瞬間、日月の膝がかくんと折れた。
『勇者化』の活動限界が来たようだ。
「はぅ」
「おい!」
足をもつれさせて前のめりになるすばるを、いつぞやのように【縮地】で捕まえて支える。
すばるは荒い息を吐きながらも俺を掴み、抱きつく。
「……捕まえたのです」
「なぬ」
「計画通り、なのです。観念して戻るのです」
息を切らせながらも悪戯っ子のように笑うすばるを見て、俺はミスに気が付いた。
追いつかれた時点で勝負は決していたということに。
「はあ……やれやれ、これは俺の負けだな」
「いつだって勇者は魔王に勝利するものなのです」
「おっしゃる通りで。さて、戻るしかないか。しかし参ったな、どう説明しよう」
「わたしが連れ戻したのです。その通りに言えばいいのです」
すばるに捕捉される前に……あるいは、追いつかれた時点で<
俺をただ連れ戻すもよし、勇者化して力づくもよし、倒れた自分をネタに強請ってもよし……の欲張り三点セットにはかなわない。
「なあ、すばる。勇者化が切れたお前を、俺が放って帰るとは思わなかったのか?」
「? 思わなかったのです」
不思議そうにするな。
俺もこの状況を不思議には思うが。
「『魔王レグナ』ならいざ知らず、蒼真はわたしを無視して帰ったりしないのです」
「その自信はどこから湧くんだ……」
俺を掴んだままのすばるを抱え上げて立ち上がる。
柔らかくて、いい匂いがする女の子。無力で、無防備で、小憎たらしくも優しい。
どうして、かつて敵だった俺をこうも信頼できるのか。
「蒼真、ゲットなのです」
「紅白のボールをぶつけたりしないでくれよ」
「そう言うなら、逃げないでほしいのです。捕まえる必要がないように立ち振る舞うのです」
「へいへい」
そう気だるげに返事しながら……俺は自分が『逃げた』ということを自覚した。
まったくもって世界を救った勇者の言葉は重い。
……仕方ない。
元魔王は、少しばかり魔王らしく……堂々としてみよう。
それが、かつての好敵手たる
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