第20話 魔王だって落ち込むことくらいある。
キャンプ場に到着した俺達は、早速テントの設営やバーベキューの準備に取り掛かった。
ここでいいところを見せておけば、同行した女子の好感度も上がろうというものなので、男子勢は俄然勢いづく。
そして、それは女子も同じ感覚であるらしく、その女子力を誇示するがごとく持ち寄った食材を準備し始めていた。
このガツガツした感じ……実に若者らしくて結構なことだ。
「……それで? 何故お前は焚火の準備をしているんだ」
「
料理をしつつ、獣避けと体温の保持を担う焚火の設営は確かに重要だ。
こと、
しかし……ここは設備の整ったキャンプ施設だ。
水道も電気も通っていればトイレもあるし、当然だがBBQ用の東屋もある。
それに牧野をはじめとした数人が、バーベキューコンロも持ち込んでいる。
はっきり言おう。
このキャンプ場に焚火は必要ない。
いや、あったらあったで雰囲気は出るかもしれないが、出だしに率先して組み上げるものではないだろうと思う。
「日月。焚火は後でいいから、向こうで一緒に食材の準備をしてきたらどうだ?」
「わたしは食べ専なのです」
「いいから行ってこい。芋を洗うだけでもきっと役に立つ!」
「考え方が古いのです! 料理が女の仕事と思ったら大間違いなのです」
焦点はそこじゃない。
周囲から浮かないように注意しろと言ってるんだ!
……人の事を言えた義理ではないが。
「それよりも、それは何なのです?」
「これか? これはテントだ」
俺が設営しているテントを、胡乱な目で見つめる日月。
「……魔力を纏っているように見えるのですが?」
「ああ、
かの異世界では便利な生活用品から兵器の類まで様々な
「どこから持ち込んだ
「俺のお手製だ。空間拡張と空調機能を搭載してる。あと、何故だかフリーWi-Fiもつながる仕様だ」
「キャンプを何だと思ってるのです?」
何故か残念勇者に窘められてしまった。
「快適性は必要だろ?」
「日常では得られない不便さを楽しむものなのです! 大前提が間違っているのです!」
「まぁ、やりすぎた感は否めないな」
強化魔法も山盛りにかけてあるからハリケーンの直撃でも大丈夫だし、グリズリーに出くわしたって籠城できる。
まぁ、野生動物くらいなら、いざとなれば何とでもできるが。
「わたしの事をとやかく言えないのです」
「俺はいいんだよ」
「よくないのです」
そんな言い合いをしていると、こちらに近づく人影。
「青天目、何やってんだ?」
「みんなで準備してんだからさー……協調性みせろよ、そう言うとこだぞ?」
相模と……えーっと河内だったか。
言葉としては状況に即しているが、表情に悪意が滲んでるのはよくないな。
一見陽キャ風味なんだから、もう少しさわやかに頼みたい。
「ああ、すまんな。すぐにやるよ。ほら、日月、行ってこい。そして芋を洗ってこい」
背中を押して、日月を女子たちの方へと促す。
何か言いたげにしていたが、俺の意図を汲んだのか、黙って向かってくれた。
猪突猛進の残念勇者としては上出来だ。
「お前さ、なんか勘違いしてね?」
テントを組み立てるふりを始める俺に、イライラした様子の河内が凄む。
おいおい、『冒険者ギルドで新人いじめをする困った中堅A』みたいな態度はよしてくれないかな。
「幼馴染かなんか知らねーけど、自分の立ち位置っていうかなー、立場っていうかなー、そういうのわかってる?」
短く刈った茶髪を逆立てた一見おしゃれ目ボーイの河内君が、俺を睨んでくる。
おお、怖い怖い。なかなか堂に入ってるじゃないか。
「河内、日月の事なら俺に遠慮はいらない。昔馴染みってだけで、仲が良かったわけでもなし、気安くはあるが今も別に特別な関係じゃない。仲良くしたいなら俺じゃなくて本人に声をかけてやってくれ」
ただし、うっかり機嫌を損ねて挽肉にならないように注意してほしい。
「だったらよー……ちょっとは遠慮しろよ。わかんだろ? 自分が邪魔だってことはさ」
何かしら積極的な妨害を行ってるならともかく、いるだけで邪魔になるような要素が俺にあっただろうか? いや、ない。
なので、正直に俺は問う。
「わからないな。俺に何を求めてるんだ?」
そう伝えると、先ほどまでうるさかった河内とニヤニヤしていた相模が、真顔になって顔を見合わせる。
「お前、なめてんの?」
「もしかして、頭悪ィのか?」
なんだ、剣呑だな。
しかも、まったく脅威を感じないので、俺としてはどう反応していいかわからない。
ここは、どんな場面だ? 怯えるところか? それとも睨み返すところか?
こういう時に、困るんだよなぁ……俺の人間関係の薄さってのは。
「日月と仲良くしたいなら日月に言ってくれ」
「てめーがそれを邪魔してんだろうがよ!」
どこをどう見たらそう思えるんだ。
俺はここにいて、日月は向こうにいる。
俺の前にいること自体が、すでにおかしいんじゃないだろうか。
「テメーがよ、この場にいること自体……空気読めてないって言ってんだよ」
「場違いなのもわかんねーのか?」
「みんなそう思ってるぜ? お前みたいなネクラなのがここにいると迷惑だってよ」
「……!」
痛いところをついてくる。
確かに俺は、こういったシチュエーションに適した人間ではないかもしれない。
みんなにそう思われても仕方ないだろう。
「うーん……」
いずれにせよ、この二人がこの調子じゃ空気が悪くなるだろうし、その原因が俺となれば、俺も居心地が悪い。
しかし、『いるだけで迷惑』とは……。魔王時代を思い出して、少しばかり落ち込むな。
あの時も人間達の王に言われたんだっけ。
……『存在そのものが迷惑』だって。
高校に入っての初めてのイベント。
せっかく集まったみんなには楽しく過ごしてもらいたいし、耀司にしても初手失敗はこの先の陽キャライフには手痛い失敗になるかもしれない。
あれで色々世話になっている。迷惑はかけられないな。
今回は二人の言う空気とやらを読むとしよう。
「すまなかったな。俺は帰るよ」
「はぁ?」
何を意外そうな顔をしている。
場違いだと言ったのはお前らだろうに。
「耀司には『急用ができた』と伝えといてくれ。あと、これ俺が担当だった物品な。置いとくから」
設置したキャンプ道具を素早く鞄に収納し、頼まれていたものをその場において俺は立ち上がる。
「じゃ、怪我しないように気をつけてな」
日月のブローを喰らったら即死の危険もある。
まあ、日月のフォローには吉永さんがいるし、日月にもちゃんと言い含めておいた。
俺が居なくてもそう無茶なことにはなるまい。
それに、俺がいては日月の『普通』が遠ざかってしまうからな……。
些か残念だが、俺のせいでこの親睦キャンプを駄目にするのは避けたいし、ここは撤退だ。
人間社会では協調性と連帯感が重要だからな。
「じゃあ、また学校で。みんなによろしく」
「お、おう……」
やや納得いかないのか、微妙な顔でこちらを見る相模と河内に軽く手を振って、俺はみんなが気を遣わないように、その場をそっと離れた。
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