第17話 普通の女の子に必要なものじゃない。

「どうした、日月。何か問題か?」

「問題がなければ会いに来てはいけないのです?」

「そういうわけじゃないが」

「少し付き合ってほしいのです」


 ひそひそとした声と視線を背後に感じる。

 そうだろうそうだろう、俺のような陰キャが噂の美少女に気安くされていれば、気にもなるだろう。

 大丈夫、俺と日月はちょっと前世で殺し合う感じの仲で、そう言うのじゃないから安心してほしい。


「構わんが……」

「用件は歩きながら話すのです。はりーあっぷなのです」

「へいへい」


 そう返事をしたところで、背後に気配。


「日月さん? 青天目に何かあるの? 俺が手伝おうか?」


 うっすらとただようメンズ香水の香り。

 ああ、面倒なのが来たぞ。


「誰なのです?」


 それに返事もせずに俺を見上げる日月。

 おいおい……きっとカチンと来てるぞ。プライドが高いタイプのイケメンなんだよ、彼は。

 もっとデリケートに扱ってやってくれ。


相模さがみ 浩二こうじ。青天目のクラスメートだよ」

「これはご丁寧になのです。でも大丈夫なのですすっこんでるといいのです


 ……おいおい、ルビが透けて見えるぞ、日月。

 やめなさい。

 それと、相模君。まるで俺と親しい人みたいに名乗るはよそうか。

 ほとんどしゃべったこともない間柄だろ。


「さぁ、急ぐのです」

「わかったわかった。少し待ってろ」


 急かす日月に返事をして、席に鞄を取りに戻る。

 その間、相模のきっつい視線を受けるハメになったが……まぁ、嫌われているのは薄々知っていた。

 日月と親しくするということは、それだけそれを狙う男子連中には目の敵にされるということだ。

 それでもって、俺という人間はスクールカースト的には底辺あたりをふらふらする存在であり、それがより彼らの敵愾心ヘイトを増す要素になっている。


「おいおい、青天目……俺の事は無視か?」

「無視も何も、俺に用事があるわけじゃないんだろ?」


 相模としては、日月との間を取り持ってくれという意味なんだろうことはわかるが、それならそれで、もう少し俺に対して自分のプレゼンがいるだろう。

 たいして親しくもない奴を、どう紹介しろと言うんだ。


 強いて言うなら耀司の下位互換版です、みたいなことしか言えないしなぁ……。

 あと、うっかり日月の機嫌を損ねたら死ぬから近づかない方が賢明だぞ。

 トラックに轢かれても異世界転生しない肉体が必要だ。


「なぁ、わかんだろ? お前とじゃ釣り合い取れてねーよ?」

「なら、そう日月に伝えてくれ。売り込みを俺にまかせてるようじゃ底が知れるぞ?」


 小声の相模にはっきりと答える。

 陽キャなら陽キャらしく、営業よろしく自分をアピールすればいい。

 耀司はそうしてモテてるんだから、それが正解なんだろう。


「てめ……! 調子のんなよ?」

「思い通りにいかない理由を俺の調子のせいにするなよ……」


 『イケメン枠』かと思ったら、どうやら『ちょいグレ枠』だったか。

 陽キャの分類というのは存外難しいものだな。


「待たせた。行こうか」


 相模を無視して鞄をひっつかみ、日月の元へと向かうと、麻生と何やら話していた日月が腰に手を当てて頬を膨らませる。


「わたしを待たせるとはいい度胸なのです。一杯奢りなのです」

「横暴が過ぎる! お前は魔王か何かか!?」


 やり取りを見ていた麻生さんが、苦笑して俺を教室の外へと促す。


「はいはい、ご馳走様。またね、青天目君」

「ああ。また明日」


 教室からはいまだに相模の視線を感じるが、麻生さんに軽く手を振って、日月と共に廊下に出る。あのように喧嘩腰で迫られてしまうと、俺としてはいかんともしがたい。

 クラスメートとの溝を深めるのは本意ではないが、あのように失礼な奴とはそれなりに距離を置いておきたい気分だ。


「なんなのです、あの軽薄な男は」

「本人曰く、クラスメートの相模君だ」

「……ではなく、蒼真に失礼なのです」

「青天目な。まだ校内だぞ」


 このように元勇者すばるが迂闊なのも問題なのだ。


「それで、用事とは?」

「少し試したいことがあるのです」

「試す?」

「勇者化について、なのです」


 小さく、囁くような日月の声。

 本人も学校でするには憚られる話題だとわかっているのだろう。


「手短にな」

「何か予定があったのです?」

「俺にだって予定位ある」

「どうせゲームの発売日なのです」


 何故ばれた。


「活動可能限界を知りたいのです。どのくらいの力があるかも」

「賛成しかねるな」

「蒼真?」


 不思議そうに日月が俺を見上げる。


「それ、必要なことか?」

「どのくらい使えるか知っておかなくてはいけないのです。今までは適当にやってたのでよくわからないのです」


 アレを適当にやってたのか。不用心な奴め。

 それで初日、魔王の前でガス欠とか致命的過ぎるだろ……!

 それにしても、だ。日月は認識が甘い。


「普通の女の子として生きるんだろ? 勇者の力って必要か?」

「何かあったときに、また勇者として立つ必要があるかもしれないのです」

「そんな覚悟、そこのゴミ箱にでも捨てちまえ」


 俺の返答に、日月が少し驚いた顔をして、それから微笑んだ。

 その美しさに、少しドキリとさせられる。


「……もしかして、心配してくれてるのです?」

「まあな。うっかりそこらの人間を挽肉に変えられては困る」

「む」


 俺の照れ隠しには気付かなかったようで、ふたたび頬を膨らませる日月。


「できれば、金輪際『力』は使わないほうがいい。普通の女の子は【縮地】したり光のモップでコンクリを裁断したりはしないからな」

「では、この世界に危機が訪れたらどうするのです?」

「他の奴にまかせろ。やばくなったら勇者くらい召喚されるだろうよ。……どうしてもダメそうなら、俺が何とかする。元魔王おれが何ともできんような危機だったら、日月にもどうにもできんだろ」


 日月が不思議な顔で俺を見る。

 時々見せるこの表情は一体なんなんだ……。


「うん……。なら、予定変更なのです。駅前のTATSUYAに向かうのです」


 妙に嬉しそうにした日月が俺を振り返る。


「ん? どうしてだ?」

「今日発売のゲームは蒼真好みだと思ったのですが、違うのです?」

「ぐっ」

「ほら、早く行くのです」


 やれやれ……ご機嫌なのは結構だが、そろそろ『普通の女の子』として俺とも距離を取ってもらわないとな。

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