第14話 すり抜けでもSSRはうれしい。

 頭に触れた意趣返しのつもりだろうか、俺の上でなんとも得意げな顔をして見せる日月。


「……日月さん、この体勢は些かマズいので、そろそろどいてもらえるだろうか」

「は……破廉恥なのです!」


 何故俺が責められているのだろう?


「それよりも、『すばる』なのです」

「わかったよ、日月さん」

「前世の名前は気安く呼ぶくせに強情なのです」

「わかりましたよ、アドミニールさん」

「なぜ悪化するのです!?」


 アドミニールは日月の前世……勇者プレセアの家名である。

 アーデント王国の勇者家系、ただ一人の継承者。

 俺と相討ちになったことで、あの世界では純正勇者の直系はめでたく断絶というわけだ。


 それについてはなかなか魔王らしい仕事だと、誇らないでもない。

 もうあの世界に、勇者なんて重責を背負って生まれる人間はいないということだからな。

 次に担ぎ上げられる魔王は、しっかりと人間と相対してもらいたい。


「さすがに出会って二日で呼び捨ては無理だろ」

「なら一か月待つのです」

「〆切の話をしてるんじゃないからね⁉」


 日月を上に乗せたまま、俺はため息をつく。

 マイペースな日月にのせられてはいけない。


「む……。では、わたしを『すばる』と呼ぶまで『レグナ』と呼び続けるのです」

「そういう脅迫はやめよう。プレセアすばる

「この魔王、ヘタれてルビを振ったのです! 信じられないのです」


 やめろ、上に乗ったまま揺さぶるんじゃない。

 破廉恥なことになったらどうする!


「仕方ないだろう。前世とは違うんだ、TPOというものがある」

「最後までチョコたっぷりなのです?」


 TPOと美味しいお菓子を一緒くたにしてはいけない。


「なぁ、名前呼びってのは、普通親しい友人や恋人がするもんだ。出会って二日の俺達じゃちょっとハードルが高いんじゃないか?」

「だいじょうぶなのです。以前はタマの取り合いをした仲なのです」

「女の子がタマとか言わない」


 美少女なのに言動が残念だというのは、俺としてはやや心休まるが。

 それでも二日だ。

 前世では殺されて、昨日、再会と同時に再び殺されかけて、先ほども殺されかけて……って、あれ? 和解部分が少ないぞ? 心休まってる場合じゃないような気がする。

 次はいつ俺を殺害するつもりなんだろうってカレンダーの前で悩むレベルの頻度だ。


「どうしてわたしの名前を呼ぶのに、そんなに抵抗があるのです?」

「高校デビューに失敗した陰キャ男子にとって、女子の名前呼びはとても困難なんだよ」


「……蒼真」


 日月の急な名前呼びに、こそばゆい奇妙な感覚が心臓を跳ねさせる。

 レグナだと気にもならないのに、これはどうしたことだ。

 

「な、なんてことないのです」


 少し頬を紅潮させた日月が、目を逸らしてそう呟く。

 ああ、くそ、かわいいな!

 相手が残念勇者プレセアじゃなきゃうっかり恋に落ちてるところだ。


「はあ……急に名前呼びになれば、周りにどんな目で見られるかわかったもんじゃないぞ」

「どんな目で見られるのです?」

「『二日目のペア・レクリエーションで大量発生する量産型カップル』だ……!」


 噂はあった。

 この初めてのイベントで男女ペアになったものは、彼氏彼女の関係になることが多い……なんて、浮かれた噂だ。


 正直に言うと、それに期待していなかったわけではない。

 クラスでの自己紹介はこの残念勇者のせいで大失敗に終わったが、もしかすると隣のクラスの可愛い女子とお近づきに……という愚かで淡い期待は確かにあったのだ。


「ハッ……そんな邪な目でわたしを見ていたのです?」

「そこは安心しろ。引きとしてはよかったが、お前さんはすり抜け枠だ」

「すり……抜け……なのです?」

「狙ったピックアップ対象ではなかった……! みたいな?」


 急に眉尻を下げていく日月。

 おい、目からハイライトが消えてるぞ。


「まて、言葉のあやだ! 引きとしてはよかったといってるだろ?」

「そうなのです?」

「そうなんだ」


 相手が日月とわかって、ほっとした部分も大きい。

 生来俺は、陰キャの人見知りだからな。

 魔王時代は、えらそうにふんぞり返っていればよかったのだが、今生はそうもいかない。


 普通のコミュニケーションというのは存外難しいものだ。

 敵対も命令もできない相手に、どう相対すればいいかさっぱりわからなかった。

 それを少しでも払拭できたのは耀司のお陰だ。

 友人というのは、魔王時代にはなかった関係なので新鮮でいい。


 ……決して耀司本人には面と向かって言えないことだが。


「元魔王に普通のコミュニケーションを期待する方が難しいと思わないか?」

「元勇者にも難しいのです」


 いや、君の場合は前世から相当なもんだったと記憶してるけどな。


「蒼真、わたしの──」


 そこで口をつぐみ、もじりとする日月。


「わたしの友達になってほしいのです」

「即死級のボディブローを華麗に決めておいて、なかなか言えることじゃないな」


 気恥しくて思わず茶化す。

 世界の半分をやるから仲間になれ、というのは魔王の台詞のはずなんだが。


「あ、あれについては謝るのです……! な、なんなら、もう一度胸に触れてもいいのです。今度は殴らないと誓うです」

「な……ッ!?」


 絶句すると同時に、思わず視線を日月の胸に向けてしまう。

 こんな安い誘導に引っかかるなんて、と自嘲してしまうが後の祭りだ。

 それに気づいた日月が顔を赤くして、目を閉じる。


「さぁ、どんとこいなのです……!」

「えぇい、残念勇者め! 俺としては、もう友人のつもりだったんだがな。違うのか?」

「はぇ?」


 このような気安さで話せる相手が、他人であるはずない。


「あと名前呼びは、二人の時だけにしてくれ。他の奴の前でやってくれるなよ? 余計な誤解を招くのはお互い避けたいだろ?」

「友人は名前で呼ぶものではないのです? 灰森君は名前で呼んでいたのです」

「馴染みのダチで男同士だからだ。男女で名前呼びは俺にはハードルが高すぎる!」

「じゃあ、『すばる』とは呼んでくれないのです?」


 そう、期待した目で俺を見るなよ……。


「わかった。よし、こうしよう。……二人だけの時はオーケーとしようじゃないか、すばる。それでいいか?」

「わかったのです、蒼真」


 ご機嫌な笑顔をふりまくのはいいが、そろそろ俺の上からどいてはくれないだろうか。

 何度も言うが、引きとしてはSSRの美少女なんだよ、お前ってやつはさ。

 まさかないとは思うが……俺の十代の高校生ボディが正常に反応しないとも限らない。


「ところで蒼真、ここはどこなのです?」

「第一体育館の用具倉庫だ。昨日のうちに転移可能そうな場所は全部チェックしたからな」

「<転移テレポート>は便利なのです。今度教えるのです」

「へいへい。さぁ、報告に行くぞ。最優秀賞ゲットするんだろ?」


 俺の言葉に、今日一番の笑顔が飛び出す。


「蒼真と二人で頑張ったのです。絶対に一番なのです!」

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