第12話 埋めても魔王は甦るぞ

「あわわわ、やってしまったのです。こうなったら校庭に埋めて証拠を隠滅するしかないのです」

「止めを刺すのは、やめよう……!」


 マジでやりそうな気配が漂っていたので、にじり寄る日月を手を挙げて押しとどめる。


「……生きてるのです?」

「勝手に殺すな。今のは一般人にはやるなよ? 確実に事件になるぞ」

「レグナ相手なら問題にならないのです?」

「いい加減、青天目と呼んでもらおうか。何なら『蒼真くん♡』でも可だ」

「……意外と大丈夫そうなのです。心配して損したのです」


 とことこと課題達成の札を回収しに行く日月の背を見ながら、小さくため息を吐く。

 不意打ちとはいえ、いいのをもらってしまった。

 何とかジョークの範囲内に収まったか?


「とってきたのです」

「はいよ。やれやれ……」


 立ち上がろうとして、眩暈。

 次いで、吐血。


 〆は再度の転倒。


(あちゃー……まだダメか……)


 これが勇者が魔王を討伐する手段として活用される理由の一つである。

 勇者の発する『聖』の力は、俺をはじめとする魔族に対して極めて凶悪な毒となる。

 ぶっちゃけると、あれに触れると強化魔法はガンガン解除されるし、回復魔法で傷を癒せなくなる。


 ちょっと魔法の心得がある魔族というのは、回復魔法も使えるものだ。

 それは、健康長寿の秘訣的なものですらある。

 ところが、この『勇者』という輩が放つ『聖なる気』によって受けたダメージというのは魔法で治癒できない。

 自然治癒を待つか、特別な回復薬かでも使わなければ治せないのだ。


「ど、どうしたのです!?」

「どっかに雑巾ないか、雑巾。木の床だからシミになる」


 再生時間がまだ足りない。少しばかりの休息が必要だ。


「そうではないのです。やはり無事ではなかったのです?」

「フルパワーの聖撃をもらって無事な奴がいたら、それは人間じゃない」

「レグナは魔王なのです!」


 いいか、勇者プレセア。

 殴り倒した一般男子高校生を指さしてキリリとするのはやめよう。


「『元』をつけろ。あと青天目だって言ってるだろ。なんだ、読み方が難しいか? 青天目なばためだ。ほら、ルビを振ってやったぞ」

「何を言ってるのです!?」


 ちなみに日月たちもりも読みにくいよな。

 こっちにもルビを振っておこう。


「ちょっと回復が必要だ。一時間くらいは動けなさそうだな」

「え……この廃校舎に一時間いるのです? 無理なのです」


 廃校舎じゃない。

 廃校舎じゃない、よな? それっぽいけど。


「札はそれで最後だ。歩きで悪いが、先に戻ってたらどうだ? どうにしろ、<転移テレポート>はもう嫌なんだろ?」


 俺としても毎度毎度虹エフェクトを撒き散らされてはかなわないしな。


「レグナはどうするのです?」

「動けるようになったら、適当に<転移テレポート>で戻る。はい、これ」


 俺が回収していた札を日月に手渡す。


 全部で五枚の札。

 どの課題も大変だったが、終わってみればなかなか面白かったと言えなくもない。

 この因縁ある残念勇者と、少しばかり話す機会もあったし、レクリエーションは成功と言えるんじゃないだろうか。


「じゃあ、お先にお暇するのです」

「ああ」


 短く返事して手をあげる。

 それに小さく手を振って返した日月が、小走りで出口に向かう。

 あの最強と謳われた勇者プレセアが、オバケが怖いなどと……可愛いところもあるじゃないか。

 よかったな、ちゃんと『普通の女の子』できてるぞ。


「さて……」


 回復するまでやることがない俺は、スマートフォンを取り出してゲームアプリを起動する。

 ぐっちゃぐっちゃになった内臓の違和感がなくなるまで、気を紛らわせるにはもってこいだろう。

 画面を見ると、LINIAにメッセージが届いている。


「耀司は……順調にいってないみたいだな」


 泣き言じみたメッセージが散発的に寄せられている。

 ついでに女子──日月──とペアになった俺に対する恨み節も。


 よし、いい気味なので既読無視だ。

 アプリを起動して、画面をタッチしようとしたところでくるくると景色が回転し始める。

 あ、やばい……。


 * * *


「……ん?」


 目を開けると、俺を覗き込む美少女と目が合う。

 よし、今回は天国行きだな。

 清廉潔白につつましく生きてきた甲斐があったというものだ。


 いや、待て。なんだ日月プレセアか……。


「起きたのです?」

「ああ。残念ながら聖滅ならずだよ、勇者殿」


 起き上がろうとして、今までどこに頭を預けていたか気付いた。

 さらにいうと、俺の腹筋はまだパワー不足で俺を起こしてくれなかった。

 まだ、再生の途中のようだ。


「起きたらどいてほしいのです」

「起きれるものなら起きてる」


 日月の膝の上で、曖昧に笑って見せる。

 どうしてこんな事態になっているのか。


「戻ってきたのか?」

「連絡手段を決めていなかったのです」

「適当に待っていれば、気配でわかるだろ?」


 前世で元とはいえ、勇者と魔王とはそういう間柄だ。

 お互いに存在に気付いてしまえば、その気配を感じ取るくらいはできる。


「それは、そうなのですけど……」


 もにょもにょと言い淀む日月。

 まあ、俺としては大変役得なので文句などあろうはずもないが。


 膝枕など前世今生あわせても初めての体験だ。


「それで、どのくらいたった?」

「三十分くらいなのです」

「そろそろ再生が終わってもいいころなんだが……」


 そろそろこの状況を脱しないと、今度は心臓に負担が増しそうだ。

 相手が日月プレセアとはいえ、意識がある状態で膝枕など……俺には重すぎるシチュエーションすぎる。


「よし……戻ろう」

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