第11話 ラッキースケベは死の香り。

「レグナは魔王なのです! まさに人でなしなのです!」

「ごめんって」


 しかして、食べ過ぎたのはお前の責任だろう。

 それに、もしかして本当に場所確認だけの為に展望台に行ったと思っているのか?


「昨日に言ったじゃないか。見えてる範囲なら跳べるって」

「言ってないのです。馴染みの場所でないと跳べないとは聞いたのです」

「あっ……」


 すまない。

 本当に済まない……。


「悪かった。聖滅は勘弁してくれ」

「そんなことしないのです。でも、次からは予告が欲しいのです。心の準備が必要なのです。しかも今日のは、転移酔いがひどいのです」

「ああ、今日は手しか接触してなかったからな」


 <転移テレポート>という魔法は空間を振り回して放り投げる魔法だ。

 難しい説明は割愛するが、その振り回された空間に張り付いて移動するわけだが、一緒に移動する者がそれに慣れていないと空間ごと振り回されて転移酔いを起こすことになる。


 ……そう、今回のように。


「昨日に続いて、乙女の失態を二度も見られてしまったのです……もうお嫁に行くのは諦めるしかないのです」

「まぁまぁ。前世では血とかも吐いてたじゃないか」

「それはレグナがわたしを殴りつけたからなのです……」


 そうだった。

 何か言うたびに墓穴を掘り進めている気がする。


「でも、ほら着いたぞ。『西門学園記念館』だ」


 古めかしい木造建築の校舎。

 手入れはされているらしく、保存状態はいい。

 しかし、周囲も中も薄暗く、何とも不気味な雰囲気だ。


 妖怪とかいそう。


「中に入るのです?」

「中に入らないと始まらないだろう」

「こういう不気味な場所は苦手なのです」

不死者アンデッド系苦手だっけ?」

「こちらに生まれてから苦手になったのです。何か出たら勇者化して聖滅するのです」


 そのレベルだと、化けて出る方も命懸けだな。

 あ、もう死んでるか。


「ごめんくださーい」


 学校施設に入るのに、この声かけはどうかと思いつつ扉を開ける。

 キィィっときしんだ音がなかなか雰囲気が出ていて良い。

 魔王的にはこういう雰囲気は嫌いじゃない。


「さて、人探しも課題の内か?」

「わたしはここで待っているのです。さぁ、行くのです」

「わかったよ」


 縮こまる元勇者を扉の前に残して、俺は一歩足を踏み入れる。

 その瞬間、俺は後ろに引っ張られた。


「何をしているのかな? 日月さん」

「わたしをこんな所に置き去りにするつもりなのです!?」


 言ってることが支離滅裂な気がするぞ。


「よし、それなら<転移テレポート>で明るい場所に送ってから、俺が戻ってくればいいだろう」

「それはそれで、プライドが許さないのです!」


 ええい、ややこしい奴だ。


「日月、大丈夫だ。俺は生まれてこの方、日本で不死者アンデッドの類を見たことがない」

「嘘なのです。きっと感覚が鈍ってるだけなのです」


 こういう時だけ勘の鋭い奴だな。


 実はわりとそこら中にいる。

 実体化もろくに出来ないような者たちだが、声をかけておくと失せもの探しをしてくれたり、虫の知らせを届けてくれて便利な連中だ。


「参ったな……」

「ついていくのです。置き去りにされるのはこりごりなのです」


 何か前世のトラウマを踏んでしまったようだ。

 しかたない。俺とて怖がる女の子を置き去りにするのは気が引けないでもない。

 相手がヘッポコ勇者だとしても、だ。


「よし、それじゃあ」


 そう言って日月の手を取る。

 柔らかな感触。この世界では剣を振るう必要がなかったからなのだろう、マメの類もない滑らかな手を握る。


「ま、また<転移テレポート>するのです?」

「違う。このまま中に入る。オバケが出たら俺が魔法で対処する。それでいいだろう?」

「わ、わかったのです」

「よし、行こうか」


 日月の手を握ったまま、『西門学園記念館』に足を踏み入れる。

 木張りの床が、一歩ごとにキィと音を立てるのがまた妙な緊張感を醸す。


 それよりも、俺はもっと重大なことに気が付いてしまった。

 なんか……キザなことしてない? 俺……!


 逆に俺が緊張するわ。

 女子と手握って歩くなんて生まれてこの方……いや、魔王時代だってなかったぞ。


 落ち着け……相手はあの残念勇者プレセアだ。

 そう、転移酔いで道端に虹色のエフェクトがかかる『あれ』を吐き散らしていた元勇者だ。


「大丈夫なのです?」

「……何がだ?」

「緊張してるように見えるのです」

「大丈夫だ、問題ない」


 くそ、問題ありありだ。


「あ、あれ……見つけたのです」


 床の木目を数えて心を落ち着けていると、日月が急に声を出して走り出した。

 手を離されたことに少しショックを受けたのは秘密だ。


 廊下の突き当りには、見覚えのある課題達成の札が立てかけられている。

 ここがダンジョンなら罠を設置するところだな。


「はぅ」


 そして罠もないのに足をもつれさせる日月。

 緊張状態で急に走り出すからそうなる。


「おっと、大丈夫か」


 咄嗟に【縮地】を使って後ろから支える。

 支えた。そう、他意はない。不可抗力なんだ。


 たとえ、俺の手が日月のたわわな胸を鷲掴みにする格好になってしまっていても、だ。


「……」

「……」


 俺が「すまん」という言葉を発するよりも早く、日月のボディブローが腹部に突き刺さった。

 勇者モードかつ、【身体強化】、【聖撃】コミコミのマジな奴だ。

 内臓がいくつかダメになった実感が体内で広がっていく……多分、俺じゃなかったら死んでたな。


 ……いや、現在進行形で死に向かってるけど。

 この分だと再生速度が追いつくだろう。……追いついてほしい。

 頼むからもってくれよ、俺の体!


「レグナは色欲魔王なのです!」

「ふ……不可抗力だ……! ぐふ……っ」

「はっ……」


 我に戻ったらしい日月が、青い顔をして俺を見た。

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