第9話 俺達はやり直す機会を与えられたんだ。

「すみません。ほら、日月も」

「ごめんなさいなのです」


 渋々といった様子で頭を下げる日月に、演劇部の先輩方が震えて後退る。

 声をかけただけで、いきなり攻撃に転じられるとは予想外だったのだろう。

 俺だって「よくぞ来た、勇者プr……」まで言った瞬間、最大火力を発射された口だ。


 気持ちはよくわかる。


「大丈夫だけど……暴力はよくないよ」


 顎の骨を破壊された先輩が、怯えながらも忠告してくれる。


「紛らわしいのがいけないのです」

「そういう、課題なんだよ!」


 思わずツッコミを入れてしまった。


「と、とにかく……通りますね。お疲れ様です」


 頭を下げて、階段を上る。

 日月の機嫌はまだ悪いようだ。


「善良であるなら、善良な様でいればいいのです」

「今回のあれは演技だろ? こっちも怯える演技で切り抜ければよかったんだ。お前がやったのは、舞台の上に乗り込んで劇を台無しにするようなもんだ」

「むう」


 納得いかないのか、日月が膨れた様子でうつむく。

 勇者であった前世も、何かあるたびにこんな顔をしていたのだろうか?

 殺意と使命に満ちた目しか向けられてこなかった俺は、このくるくると変わる表情がなんだか新鮮で面白い。


「レグナは」

「青天目な」

「青天目は──」

「呼び捨てか!」


 階段をただ上りきるまでに、ツッコミを何度いれさせる気だ。


「じゃあ、なんて呼べばいいのです!?」

「ついに逆切れか!? 青天目くんでも青天目様でも青天目閣下でも好きに呼べよ」

「青天目閣下は……」

「よりによって、なぜそれを選択するッ!? お前も蝋人形にしてやろうか!?」


 クスクスと、日月が笑う。


「知らなかったのです。魔王レグナがこんなにも……こんなにも、人らしいなんて」

「『青天目蒼真、十五歳』は現実に生きるちょっと中二病な普通の少年だ。『魔王レグナ』なんてのは終わった前世の名前だよ」

「……わたしも、それでいいのです?」


 不意に放たれたその問いかけに、俺は答えを詰まらせる。

 その答えは、自分自身で得て、自分自身で納得するものだ。

 しかし……あえて俺は、口を開く。


「それでいいんだよ」

「じゃあ、わたし達の記憶と力はなんなのです?」

「勇者プレセアと魔王レグナは相討って死んだ。もうどこにもいない。ここはレムシータじゃないし、俺達が戦う必要も理由もない。ただ……──」


 俺の言葉を待つ日月の顔を見て、胸が高鳴った。


「──俺達はやり直す機会を与えられた」


 あの日、決戦の日。


 俺はプレセアを止めたかったのだ。

 理解しえないとどこか諦めつつも、ただ一人で魔王の前に立って命を燃やす、美しい少女に死んでほしくないと思った。

 どこか自分に似る彼女を、相容れない敵同士でありながら、わかりあいたいと願ってしまった。

 今生でも、不幸な遭遇戦が起こってしまったが、こうやって話すことができていることに、喜びを感じている。


「おっと、ついたな」


 話している間に、目的地である『Ⅲ-B』の教室に到着した。

 扉を開けると、そこには先輩らしき女子生徒が一人だけ。


「課題ね。はいはい……えーっと、はいこれ」


 やる気なさげに、課題の札を俺達に手渡す。


「ここは課題とかないのです?」

「ここに到着するのが課題だよ。いろいろお邪魔があって大変だったでしょ?」


 魔法と暴力で押し入ったとは、とても言えない。


「あんた達、ラストはどこ? 暇だし、聞きたいことあったら教えたげるよ?」

「西門学園記念館なのです」

「げっ……あそこ超遠いよ。外出てタクシー捕まえたほうがいいかも」


 そんなレベルで遠いのか。


「場所わかる?」

「大学の先にあることしか知らないのです」

「どっか高いとこから場所確認するといいよ。歩いてると道わかんなくなるし。大学まで行って、学内展望台登ったら?」


 そんなものまであるのか。


「ありがとう、先輩」

「いいのよ、暇だしね。あ、昼まだだったら、展望台に『AquaLion』って学食あるからそこで食べなよ。超気分いいよ」

「俺達も使っていいんですか?」

「後輩、もらった手帳は目を通しとけよぉ~? 西門学園の学生は大学施設も利用可能なんだよ?」

「ありがとうなのです! 行ってみるのです」

「いってらー。遅くなる前に戻ってくるんだよ? 記念館辺りはすぐに暗くなるからさ」


 手をひらひらふる先輩に軽く会釈して、『Ⅲ-B』の教室を後にする。


「午前中の内に四つか。ペースいいんじゃないか?」

「なのです。このままトップでゴールするのです」

「……勇者はもういいんじゃなかったのか?」


 俺の言葉に、日月が小首をかしげてから答える。


「そういうのではないのです。せっかく、二人で頑張ってきたので、このまま最優秀を狙いたのです!」


 ああ、もう。

 そんな風に素直に笑うなよ……自分の可愛さに無頓着か。


「よし、わかった。とりあえず飯に行こう。大学の学食か……どんなだろうな」

「高校の学食も行ったことがないので、想像もつかないのです。大人の世界なのです」

「それは何か違う気がする……」


 ぼやきながらも、大学へと続く学内道路を連れ立って歩く。

 いろいろなわだかまりがとれたのか、日月から緊張が消えた気もする。


「食べまくるのです」

「食いしん坊か」

「食べないのです?」

「いや、食うけど……。ほどほどにしとけよ」


 俺の言葉はちゃんと伝わっているのだろうか。


「たくさん歩くので問題ないはずなのです」


 あんまり伝わってないことがすぐに判明した。

 まぁ、ついてから説明すればいいか。

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