第8話 関西弁は難しいな、確かに。
屋上プールを後にした俺達は、いったん一階へと戻る。
教職員が詰める職員室もあるこの中央棟の一階には、学内の見取り図があるからだ。
「三年の教室は西棟の二階か」
「レグナ、これを見るのです」
「だから青天目な」
ツッコミを入れつつ日月が指さす先を確認する。
校舎エリアから遠く遠く離れた場所に、最後の目標地点を発見する。
すなわち、西門学園記念館だ。
隣接する西門学園大学のそのさらに奥……半ば山の中にそれはあるらしい。
「これは遠いな。ちょっとしたピクニックだ」
「お弁当が必要なのです」
食いしん坊か!
と、ツッコミを入れたところで、はっとする。
このオリエンテーションは今日一日続く。
昼食をどこかのタイミングでとる必要があるのだ。
現在時刻は十一時。
全ての課題をこなしてから昼食をとるのは遅すぎる。
「プレセア。三年教室に行ったらどこかで飯にしよう。弁当は?」
「ないのです。今日あたり学食の説明があると思ったのですけど……」
かくいう俺も、弁当はない。
中学にはなかった学食という施設を使ってみたいと、母に我儘を言ってお小遣いをせしめてきた。
「とにかく、三年生の教室に行くのです。クマちゃんの口ぶりからして、スピード的にはわたし達が先行しているのです」
「……どうだろうな」
課題でぶつかってないだけで、もっと効率よくこなしている連中もいるかもしれない。
右往左往する同級生とすれ違ってはいるが、お互いに進行状況を確認したりはしないしな。
西棟に向かう道すがら、チラチラとした視線を向けられているのに気づく。
いや、今までもあったのだが。
最初はこちらの進行度を気にしてのものだと思っていた。
……どうやら、それは俺の勘違いであったらしい。
「どうしたのです?」
「なんでもない。行こう」
日月を促して、少し歩調を早める。
そして、隣を歩く横顔をちらりと、覗き見る。
……目立つのだ。
この日月という娘は。
そもそも、噂の美少女だと耀司が俺を誘うくらいに、目立つ。
前世がプレセアだとわかってからは、自分を討滅した相手だという認識が先行して、あまり意識しないでいたが、日月は誰から見ても可愛いといえる容姿をしている。
それが俺のような冴えない男とペアで歩いていれば、余計に目立つだろう。
騙されるな、みんな。
ガワはいいかも知れんが、中身は残念なヘッポコ勇者だ。
「む、何か失礼な気配を感じたのです」
「気のせいだ。さて、あれはどうしたことだ……?」
三年生が待つはずの西棟。
先行しているペアがいるが……扉には鍵がかかっているようだ。
中に入るには、回り道が必要なのかもしれない。
「一番近い扉に鍵をするなんて、いじわるなのです」
「これも含めて課題ってことかもな。──<
カチャン、と音がして扉が開く。
「何をしたのです?」
「魔法で鍵を開けた。通る方法があるなら何も搦め手に乗る必要もないだろう」
本来は、職員室で鍵をもらって戻ってくる……が正解なのだろうが、この『Ⅲ-B』の後は、長距離の移動がある。
不必要な労力と時間はかけたくない。
というか、勝ちとかどうでもいいのに日月に乗せられてしまっている。
「インチキなのです!」
「左様か。なら、元勇者ならどうする?」
「【聖剣】で鍵を焼き切ればいいのです」
「三年生に強襲でもかける気か」
そういえば、思考回路がとにかく強引なのがコイツの特徴だった。
転生して十五年もたってるのに、そうそう本質は変わらないもんだな。
……ああ、だから俺は襲われたのか。
コイツが勇者であることを捨てられなかったから。
俺も魔王であると、断じたのだろう。
残念。
元魔王様はゲームとラノベが大好きなヲタクにジョブチェンジだ。
次に魔王城を建設するときは高速回線を引いてスマートハウスにしよう。
まぁ、日本は地価が高すぎて城なんて建てられやしないんだがな。
「階段の前に誰かいるのです」
「ああ、あれは何というか……すごく、怖そうな人たちだな」
着崩した制服。染めた髪。ガムを咀嚼する口元。
一目で『悪い先輩』とわかるビジュアルだな!
「どう考える?」
「通ってはいけないのです?」
「いけないのです」
こいつに聞いた俺がバカだった。
きっとこれは「危険を回避しましょう」「怖い人達には近寄らないようにしましょう」という学校サイドからの教示例なのだろう。
「反対側の階段に行こう」
「せっかく近い扉から入ってきたのに無駄足になってしまうのです」
急がば回れ……それを教えるための課題だと思うんだが。
さすが、魔王城の壁を破壊しながら直進してきただけのことはあるな。
「通してもらうのです」
俺が止める間もなく、すらすたと日月は歩いていってしまう。
「オイオイ、マブイチャンネージャネーカヨー」
溢れる昭和テイスト。
君たちに演技指導したのは一体誰だ。
「オレラとチョットオチャシバイテカナーイ?」
「シバ……何なのです?」
「シバく、とは関西方言で『暴力を用いて屈服させる』という意味だ。ただし、この場合……」
「では、正当防衛なのです」
俺の注釈より先に、日月の爪先が座り込んだ先輩らしき男の顎を打ち上げた。
はためいたスカートの奥にちらりと白いものを捉える。
さすが勇者。シンプルイズベストをわきまえているな。
だが、日月。恥じらいは必要だぞ!
「……」
白目をむいて倒れる男に、周囲が騒然となる。
「なっ! なにをするだーッ」
「すまない。彼女、ちょっと頭が悪いんだ」
そう謝罪して、のびている先輩にそっと回復魔法を飛ばす。
魔王たるもの、完全回復魔法を習得していてしかるべきだからな。
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