第7話 泳ぐなんてとんでもない、水の上を歩いた方が安全だろ
「ひどい目にあった……」
「邪悪なのです。不潔なのです。もう少しで保健室を聖滅するところだったのです」
あの保健室は一度、勇者の聖なる光でもって滅菌してもいいんじゃないかな……うん。
「気を取り直していこう。どうにもこのレクリエーションは油断ならなくなってきたぞ」
「なのです。協力して乗り越えるしかないのです……!」
ここに来て、日月との奇妙な連帯感を感じている自分を、少しばかり自嘲する。
まともに言葉を交わすことすらままならず、ただただ命のやり取りをした
……なるほど、クラス同士の親睦を深める効果は充分にありそうだ。
「次は屋上プールか」
道中の見取り図で、屋上プールの場所は判明している。
保健室がある中央棟……つまりこの校舎の屋上にあるのだ。
「西門高校の屋上プールは、冬も使える温水プールなのです」
「そうなのか」
「水泳の授業は選択式で年間を通して行われるそうなのです」
「なるほどな」
「どうしたのです? 魔王のくせにお腹が痛いのです?」
今生の俺はれっきとした人間だ!
腹痛くらいある!
……ではなく。
嫌な予感しかしないのが、俺の胃を締め付けてるだけだ。
さすがに冬は水など入っていないだろうと高をくくっていたのに、温水だと?
人間どもめ……度し難い愚行だな!
「あの扉なのです」
階段を上り終えた先、両開きの扉の上には、確かに『プール』と書かれた札がかかっている。
左右の扉はそれぞれ男女の更衣室であるらしい。
「行くのです」
日月が扉を開けると、そこに仁王立ちしていたのは胸毛とすね毛と腕毛のやたらと濃いおっさんだった。
人類よりもゴリラに近いんじゃないだろうか。遺伝子的に。
「よく来た。なかなかのペースで課題をこなしているようじゃないか! 俺は体育教師の熊田だ! 親しみを込めて『クマちゃん』と呼んでくれ!」
いかつい体つきと目つき。
毛深い体。
ブーメランパンツ。
『ちゃん』付けで呼ぶにはいささか難易度の高いキャラクターだ。
「クマ……先生。課題は──」
「ちゃんをつけろよ! このデコスケ野郎!」
俺は今、なぜ怒られたんだろう。
「ここの課題は簡単だ。このプールに百枚のコインを沈めてある。それぞれ点数が違うコインだ。五分間で集められるだけ集めろ! それがこの課題でのポイントになる!」
なるほど、確かにわかりやすい。
しかし問題点がいくつか。
「水着がないのです!」
「それも含めての課題だ。水着を借りる、購買で買う、下着で行く、すっぱになる、道具を使う……手段は問わん。カウント開始から五分で拾い集めたコインが全てだ」
結果至上主義。
体育教師らしいといえば、そうかもしれない。
「さあレグナ、行くのです」
「……」
「男子ならパンツ一丁でも問題ないのです。大丈夫、目を閉じるくらいの気は使うのです」
「それはなかなか繊細でジェンダーな問題だな? 俺が目をつぶっていればいいんじゃ?」
「信用できないのです」
さらりと信用をぶち壊しに来た。
「まさか泳げないのです?」
「人間……泳ぐなんて無駄はやめて、水の上を歩く手段を模索した方が現実的じゃないかと思うんだ」
「人間としての領分を越えた発言なのです」
いいんだよ、元魔王なんだから。
何のために魔王城をやたらと高くしたと思ってるんだ?
洪水が来たら困るからだよ。
「カウントを開始するぞ? いいか?」
熊田がストップウォッチを片手に構える。
慈悲はないのか。
「ぐぬぬ、仕方ないのです。勝つための犠牲は致し方なし……後でクマちゃんとレグナの記憶がなくなるまで【光の波動】で意識をかき回すのです」
「聖なる力を怖いことに使うんじゃねぇよ!」
するする制服を脱ぎ始める日月。
小さいのにスタイルはなかなかいい……そういえば、前世でも……ってそうじゃない。
「日月、わかった。何とかするかするから。服は着てろ」
「……スタート」
無情にもカウントは開始される。
熊田め、日月の生着替えが見たいだけじゃなかろうな?
指をパチンと鳴らして、小さな衝撃波を発生させる。
目標は、向かって正面……熊田の後方に設置してある見学者用のベンチだ。
「なんだ!?」
派手な音がして、ベンチが吹っ飛ぶ。
当然、熊田の意識はそちらに引き付けられ、振り返った。
「──<
魔法を後ろ手に発動させ、あらかじめ<
水面を飛び出すコインのパチャンという音が熊田の耳に届いたとき、俺の仕事はもう終わっていた。
ややずしりと来る百枚のコインを、こちらに視線を戻した熊田に手渡す。
「はい、どうぞ」
「あン?」
状況が理解できないといった様子の熊田。
「プールのコイン。集めましたよ?」
「馬鹿言うな……って、おい……まじかよ。どうやったんだ?」
「企業秘密です。何を使ってもいいっていたのは先生ですしね」
「む……」
プールに近寄って確認し、再び戻ってきた熊田は憮然とした顔で俺達に達成の札を渡す。
「B組の青天目だったか? 今回は良しとするが、いつまでもズルが通用するとは思うなよ」
「肝に銘じておきます」
目つきを鋭くする熊田、やや慇懃無礼に返答して日月を手招きする。
もうここには用はない。水がたくさんある場所なんてまっぴらごめんだ。
「よし、次だ。次」
「なのです!」
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