第6話 ハイスクールライフはただれるという誤解は解いておきたい。

「ダッシュなのです!」

「待て」

「待っていては勝利できないのです。先手必勝、迅速果断なのです!」


 そういうとこだぞ、元勇者。


「廊下は走らない、だろ」


 これが学校行事である以上、校内の注意事項はすべて当てはまるはずだ。

 いくつかの評価ポイント、とあの生徒会長は言った。

 加点式か減点式かは不明だが、おそらくそういうところもチェックされる。


「でも、遅れてしまうのです」

「スピード勝負とは一言も言ってなかっただろ。時間内に高評価を出せばいい」

「なんだかんだと言いつつ、レグナはやる気なのです」


 妙に嬉しそうに隣を歩く日月を見て、修正する気も失せた。

 本当の意味で俺を『レグナ』と呼ぶものは、この世界で日月一人なのだと思うと、それはそれでいいかという気にすらなってくる。


「<目標探査ダウジング>──ピアノ」


 指を軽く振って、魔法を発動する。

 意識に、ピアノのある方向が流れ込んでくる。


「そう遠くないな。多分あそこだろ」


 体育館を出て左手に見える実技研修棟に足を向ける。

 その二階部分にピアノの反応があった。


「どうしてわかるのです?」

「魔法を使ったが?」

「……ズルなのです! さすが魔王は性根が曲がっているのです!」

「誰がズルか!」


 小さな言い合いをしつつ、走らない程度の急ぎ足で目標地点に向かう。


「昨日の影響は?」

「大丈夫なのです」


 日月の有する勇者の力というのは、こちらの世界ではなんとも不便なものになっている様で、時限性で消耗も激しい。

 昨日それでぶっ倒れたのだから、少しばかり心配にもなるというものだ。


 ……まぁ、元魔王の俺が心配することではないんだろうけど。


「音楽室だ」

「見つけたのです」


 中に入ると、数人の先輩方が待ち構えていた。


「お、君たちが一番乗りだ。ここでの課題は……『一曲歌う』ことだ!」


 先輩、いい笑顔で陰キャに無茶を言ってはいけない!


「頼むぞ、日月」

「遠慮するのです」


 俺と同じ顔をしているところをみると、やはりお前も俺と同じ属性か。

 まぁ、陽キャではないのはわかっていた。


「一つ目の課題からこれとは……生徒会長は魔王よりも卑劣なのです!」

「魔王の立場とかも考えて発言してね。仕方ない……俺が歌おう」


 ここでまごついていては高評価は狙えまい。


「何か選曲はあるかな? 良かったら伴奏するよ?」

「何でもいいんですか?」

「僕らが知ってるものならね」


「では、『柑橘星』の〝二千年先のヨゾラ〟を」


 俺の選曲に、数人の先輩がピクリと反応した。

 にこやかな顔が、妙にキリリとしている。


「キミ、良いね。その選曲はシブい……シブいねぇ……!」


 ドラムがリズムを取り始め、ギターとベース、それにピアノがイントロを流し始める。

 まさか全員が知っているとは予想外だった。


「──~♪ ──♪~~♪」


 音楽室はどうせ防音だ。

 俺の拙い歌声が漏れることもあるまい。

 生演奏の一人カラオケだと思えば……いや、とても思えないが、課題であれば仕方ないと割り切ろう。


「~~──♪……♪!」

「~~──♪……♪!」


 サビに入る直前、声が重なった。

 ちらりと見ると、日月が顔を真っ赤にしながらも、俺に合わせている。


「「~~~~~~~♪──♪」」


 締めまで歌って、俺はようやく一息つく。

 隣にはやり切った顔の日月。

 いい歌声じゃないか。俺よりもずっといい声だ。


 しんとなった音楽室に先輩たちの拍手が響く。


「最高だよ! 今年の後輩は実にいいね! 選曲も思い切りも大合格だ!」

「興味があれば軽音楽部に来てくれよ」

「おい、クラブ勧誘は週明けからだぞ。だが、グッジョブだったぜ、後輩君!」


 先輩方は各々俺達の肩を叩いて、一枚紙を渡してくれる。


「んじゃ、課題達成おめでとさん。その用紙、あとで使うからなくさないようにね」

「はい。ありがとうございます」


 受け取った用紙をポケットに仕舞い込んで、音楽室を後にする。


「一発目からいきなりハードだったな」

「でも、クリアできたのです。魔王レグナは歌も上手なのですね?」

「青天目だって言ってんだろ」


 照れ隠しのように、話題を切り上げて保健室に向かう。

 保健室はこの実技研修棟を抜けて少し歩いた先、職員室のある中央棟にある。

 そう遠くない場所だ。


「保健室でも何かやらされるのです?」

「課題はあるんだろうが、次はまともだといいな」


 そう期待したのが、フラグだったのかもしれない。

 到着した保健室には、昨日会った女性養護教諭がそれはそれは、良い笑顔で待ち構えていた。


「あらん? 昨日会った顔ねぇ」


 艶やかに笑う養護教諭は、保健室の先生というよりも保健室プレイをするプロの何某のような色気を放っている。

 一般高校生男子としては、ここは喜ぶべき所か?


「ここでの課題は保健の予習よ」

「保健の」

「えぇ、保健の。だってぇ……高校生は人生で一番ただれる時期ですものォ!」


 全国の高校生と俺達にすぐさま謝ってくれないだろうか。

 それはともかくとして、言い渡された課題はひどく実践的だった。

 ……ここでは割愛させていただくことにしよう。

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