第2話 大魔王からは逃げられないけど、魔王は逃げる。
直後、始業のチャイムが鳴るも……
つまり、周囲が聞きなれないチャイムに気を取られている間に、俺に向かって魔法式を即座に展開……攻撃魔法を放ってきたのだ。
対する俺も、迅速かつ冷静にそれに対処……魔法を打ち消して、全力で逃走した。
古今東西『大魔王からは逃げられない』というのは定番の文句であるが、魔王が勇者から逃げる分には適用外だろう。
イベント上、無理やり倒したって撤退したことになってる場合もあるくらいだからな。
壁には「廊下を走らない」と太いゴシック体で書かれた張り紙があるが、構うものか。
アレの恐ろしさは身に染みて知っている。
……何せ、前世において俺を殺した張本人だからな。
あいつが躊躇も逡巡もなく、本能がそれであるかのように、俺の命を鷲掴みにしてくるだろうことは容易に予想できた。
「待つのです!」
「……」
ここで返答などしない。
全力でダッシュする。
くそ……!
周囲に人目がなければ<
でないと、俺の素敵な愉快な高校生ライフが初日で幕を閉じてしまう。
だからと言って手は抜けない。
ここで手なり気なり抜けば、人生の方が先に閉ざされかねないからな。
「待て、と言ったのです……ッ!」
逃走方向に突如として姿を現す日月。
【縮地】か!
スキルを使って追いつくなんて汚いぞ!
「わたしを殺しに来たのです?」
「誤解だ!」
「ならどうしてこそこそとわたしの姿を伺っていたのです!」
「……可愛い女子がいると聞いて?」
一瞬虚を突かれたような顔になって日月が、そばに立てかけてあったモップを手に取る。
「軽薄な戯言を弄するようになったのです……!」
そのモップがにわかに光を帯び始める。
【聖剣】──勇者を勇者たらしめる最強クラスのスキル。
「……冗談ではない!」
あんなもので叩かれたら、体が二つに裂けてしまう。
多少裂けても回復可能かもしれないけど、人間になってから試したことがないのでやりたくない。
大体、ちょっと深爪したくらいでも痛いのだから、斬られれば斬られた分だけ痛いに決まっている!
「ここであったが百年目なのです!」
「時間軸が違うから百年は言いすぎじゃないか?」
「細かいことはいいのです。今すぐ、聖滅するのです」
小さなタメを作る日月。
一応、前世でクセを指摘したんだけど、直ってないな。
懐かしさのようなものを覚えつつ、斬撃を伴った突進をするりと躱す。
「あ」
勢いの付いた斬撃によって、天井と床の一部がスパリと切れて……俺は回避が悪手だったと理解してしまった。
なんでも斬れるあの
その切っ先に触れた校舎と、周囲の同級生たちに凄惨な結果をもたらす可能性が大きい。
そして、勇者プレセアという人物は、前世からその辺をあまり気にしない性格だった。
目的のために自分を含めた周囲の被害を想像しないか、できない。
だからチームワークというものが皆無で、最初は共に戦っていた仲間からは去られ、勇者だというのに色んな街から追放されたりしていた。
……結局、彼女が魔王レグナの玉座に訪れた時は、
早い話が、仲間にも救うべき民衆にも見限られたのだ。
それでも、文字通り命を燃やして戦った彼女は、見事に俺の討滅に成功する。
魔王としての生き方にいろいろと飽き飽きして、やる気の失せてた俺が、捨て身で戦う彼女に敗れたのは自明の理というやつだろう。
しかし……今生ではそう簡単にやられてやるわけにはいかない。
家に帰れば愛するべき両親と妹がおり、今日は入学祝の外食(焼肉)だ。
それに、今後の高校生活では人としての
前世の因果で殺されるなんてまっぴらごめんだ。
さて、事情は理解したかな?
回想を終わって、現在に立ち戻るよ?
* * *
「……わたしは、常に勇者なのですッ!」
「oh……症状が重篤化してるなぁ」
とにかく、廊下で騒ぐのはよくない。
どうせ逃げればついてくるのだから、俺がここに留まらなければいいのだ。
はあ……入学時オリエンテーションは諦めよう。
ウィットとジョークに富んだ自己紹介が、クラスに溶け込むために重要な最初の一手だというのに。
溜息をつきながらも、俺は一目散に男子トイレへと逃げ込んだ。
チャイムが鳴った今、ここは無人。
それでもって、女子には立ち入りがためらわれる場所であろう。
「汚いのです! 出てこなければ踏み込むのです!」
良かった。
俺同様、プレセアという女は少しばかりの常識というものを今生で身に着けたようだ。
「……やれやれ。どうしたもんかなぁ」
指をパチンと鳴らして、魔法を発動する。
<
世界中、どこでも自分の管理区域! ……って感覚の前世であれば、どこにでも行けたのだが、今では通学路とかご近所など自分に関係する場所か、見えてる場所でないと跳べなくなった。
ちなみに今回の目標地点は、トイレの窓から見えていた……学校から一キロほど先の採石場だ。
「……逃がさないのです!」
上空からヒーローっぽい着地で俺の目の前に日月が現れる。
<
てか……お前、絶対トニー・スタークの真似してるだろ。
「逃がしてくれよ。大体、受けなくていいのか? 入学時オリエンテーション。大丈夫か? 友達はいるのか?」
「なななな……」
「記憶と力が戻ったのはいつだ? クラスで浮いたりしてないか? 元魔王は心配です」
「う、うるさいのです! 魔王を倒すのがわたしの使命なのです!」
モップを構えなおす日月。
この採掘場は広いし、人払いの結界は張ったし、多少暴れられても大丈夫だけど……。
こいつとやりあう理由がないんだよな。
前世では立場というものがあった。
俺は世界の秩序を統括する魔王で、彼女は人間という侵略者の擁立した勇者という暗殺者だった。
長い歴史の中で、世界を自分のものだと勘違いした人間達は、人間以外の生物を追いやり、支配し、世界の管理者たる魔族を敵と定めてその領域を次々と手中に収め、最後にはその首領である俺を殺した。
生存競争の末の結果だった、と理解すればあまり恨みもない。
しかし、そんなしがらみをこの世界に持ち込む必要などないだろう。
俺達は十代の青春を楽しむ、ただの高校生であっていいはずだ。
「プレセア。いや、日月さん。ちょっとだけ話を聞いてくれ」
「断るのです。魔王の甘言に乗せられはしないのです!」
「いや、世界の半分とかそういう話じゃないからさ……」
「問答無用、なのです!」
振りかぶったモップに力が集約されていく。
本気の殺意が、ひりつく空気となって俺にたたきつけられる。
「魔王滅ぶべし、なのです」
ため息を吐いて、障壁を解き……俺はその場に座り込む。
「
「……?」
「俺は魔王レグナじゃなくて、青天目 蒼真だ。会社員の父親と、専業主婦の母親。それに中一の妹がいる。西門高校一年生。クラスはB組。趣味はゲームとカラオケ。好きな歌手は『柑橘星』」
端的に、面白みのない自己紹介をする。
「だから何なのです?」
「自己紹介は終わったよ。さぁ、殺れ」
怯んだそぶりを見せる日月を、ちらりと見上げる。
「そんでもって、その後は俺の両親と妹に前世が魔王だったので殺しましたと正直に伝えろ。葬式くらいはあげてほしいからな」
「何を言っているのです……!?」
「もしかしたら警察に捕まって裁判になるかもしれないが安心しろ。勇者なので魔王を殺しました、と言えば心神喪失が狙える。ま、それだけ力が有り余ってれば、振り切ることも可能だろうけどな」
俺の言葉に、日月の顔が小さく引きつった。
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