第3話 和解と握手。歴史的瞬間では?

 諦めた風を装って、ペラペラと俺は話す。

 念の為に保険はかけてあるが、これで俺を本気で殺すようなら……日月 昴という人間はこの世界に向いてない。

 そうなった場合……前世ではあえてしなかったえげつない方法で、コイツを止める。

 でなければ、この世界の危機となるのは、コイツのほうだからな。


「……ッ」

「お前はその聖剣モップを振ってもいい。ただし、今からお前が殺すのは魔王レグナじゃない。今日初めて会った、家族も友人もいるただの一般高校生男子だ」


 しばしの沈黙の後、カランと音を立ててモップが地面に転がった。

 俺の前まで歩いてきた日月が、ぺたりと座り込む。


「どうしてなのです……? わたしは命を懸けてお前を滅したのですよ? わたしは世界を救ったのですよ?」

「知っている」

「この人生では、勇者じゃなくて、普通の女の子として……生きていくはずだったのです」

「同じだよ」

「なのに、どうして、今更……あなたが現れるのです?」


 まったくもって同意見だ。

 何の因果か、狂った神の采配か知ったことではないが、もう少し気を遣ってほしい。


「俺が聞きたい。せめて別の国だとかさ……いろいろあるよなぁ」

「あなたはわたしが憎くないのです?」

「憎い」


 俺の言葉に、日月が少しばかりショックな顔を見せる。


「おかげさまでオリエンテーションに参加できなかった。昨日一晩かけて考えたキャッチーな自己紹介をどうしてくれる。しかも、初日からサボりとか絶対先生に怒られるし、クラスメートから距離を取られる……はぁ……」


 そう、高校デビュー失敗だ。

 いや、ある意味、悪い方にデビューしてる気がする。


「もし、前世の事を言ってるのなら過ぎたことだ。生まれ変わった今、とやかく言うことじゃないだろ?」

「……」


 黙り込む日月が、しばしして小さくうなずく。


「日月昴なのです。父は小説家で、母は漫画家の一人っ子なのです。クラスはAで、得意科目は現国。趣味は読書とゲームなのです」


 少し顔を赤くした日月が、右手を差し出してくる。


「よろしくなのです。青天目……くん?」


 今度は俺が固まる番だった。

 こいつは本当に、前世プレセアか?

 俺の予想では、あのまま斬られる確率が70%を超えてるはずだったんだが……。


 それが自己紹介の意趣返しと、仲直りの握手……だ……と?


「あ……ああ。よろしくな」


 虚を突かれた心持のまま、先ほどまで聖剣を握っていたその手を握る。

 柔らかな感覚……そういえば、同級生女子に触れる機会なんて今までなかった。

 魔王時代だって、忙しすぎて女の子と遊んだ記憶もない。


 ドキリと胸が跳ね上がる。


 あれ……やばくね?

 思った以上にやばくない?

 今まで命狙われてた相手に、なにちょっとときめいてるの?


 吊り橋効果ってやつか?

 一方的に吊り橋の上から投げ落とされそうになってたのは俺だけど。


「仕切り直しなのです」


 少しスッキリした顔の日月が立ち上がり、ついでとばかりに俺を引き上げようとしてつんのめる。


「あわわ」

「おっと」


 さっきまでの勇者としての身体能力はどうした。

 そのまま放り投げられるレベルのパワーがあるはずだろ?

 倒れかかった日月を支えると、抱きよせるような形になってしまい……結局、抱きとめる形になった。


「……時間切れなのです」


 やや混乱する俺をしり目に、日月が体を脱力させる。

 柔らかな感触と、日月の華奢さを体で感じてしまい、再び俺は動悸をはやめる。

 落ち着け、相手はプレセアだ。違った、日月だ。


「時間切れ?」

「この世界で勇者の力を揮うのは十分程度が限界なのです……。消耗が激しすぎるのです」

「それ、俺に言って大丈夫なわけ?」


 俺に抱きとめられたままの日月が、ハッとした顔をする。


「今のはオフレコなのです……!」

「おいおい、一番伝わっちゃいけない相手に伝わってる気がするぞ?」


 小さくため息をついて、俺は日月を肩に担ぎ上げる。


「……学校に戻ろう。保健室に行っていたことにすれば巻き返せるかもしれない」

「レグナ、乙女に対してこの体勢はどうかと思うのです。まるで人さらいのようなのです!」


 贅沢をおっしゃる。

 完全に電池の切れた人間というのは、思いのほか重いし運びにくいんだぞ。


「<転移テレポート>するから、そう変わらんだろ?」

「どこになのです?」


 廊下や校庭はまずいだろう。

 突然、人が出現したら大騒ぎになる……つまり転移先は無人である必要があるわけだ。


 ……となれば、跳んだ地点となる男子トイレ?


「却下なのです!」

「まだ何もいってないだろ!?」


 ああ……しかも、このなんだかいい匂いのする元女勇者を保健室まで運ばないといけないんだった。

 でないと、言い訳プランが台無しだ。


「屋上はどうなのです?」

「馴染みのある場所でないと跳べないんだよ。屋上はまだ行ったことがない」


 こんなことなら、人の居ない場所を重点的にチェックしておくべきだった。

 ……と、後悔したところで一か所、条件に合致する場所を思い出す。


「よし、跳ぶぞ」

「え。ちょっと待つのです。心の準備が──」


 できてないのです、は跳んだ先……図書室で聞いた。

 初日のオリエンテーション中、図書室に人がいることはあるまいという俺の予想は見事的中。

 さすが俺だな、と悦に入っていると肩の荷物が呻いている。


「目が回るのですぅ~」

「なんだ、転移は初めてか?」

「あれは魔族しか使わない魔法なのです……うっ、吐きそうなのです……」

「それは結構。保健室に行くリアリティがあっていいな」


 えづく日月を抱きかかえ直して、保健室に向かう。

 クレームがあったのでいわゆるお姫様抱っこにしてみた。

 うっかり校内で担いでいるのを見られたら問題だが、この抱きかかえ方なら要救護者を搬送中と一目でわかるだろう。


 ……わかるよね?

 

「レグナ……!」

「もう少し待て。新品の制服を汚してくれるなよ? 元魔王は生活系魔法が不得意なんだ」

「違うのです。この抱えられかたは、ちょっと恥ずかしいのです!」


 ええい、注文の多い奴だ。


「保健室はすぐそこだ。もう少し我慢しろ」

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