第41話:わずかな光

光が欲しい。

ほんのわずかでもいいから。

真っ暗な世界に引き籠っている、私にも光を。


放課後の教室の窓が夕暮れに追い詰められていく。

美羽は一人きりで残って、『ダンス部』と書かれた入部届をじっと見つめていた。

美羽からしてみればダンス部は太陽のような存在だ。

この紙を提出すれば求めている光が手に入るかもしれない。

けれど、ここに来て踏み止まっている理由は、果歩の存在が大きかったからだ。

あの日から毎日のように果歩は美羽のことをヒーロー部に誘ってきたが、美羽は逃げるようにかわし続けていた。

ダンス部でさえ認めてくれるか分からない状況で、ヒーロー部という活動内容も不明確な曖昧な存在を両親が許してくれるはずなどないことは美羽が一番分かっていた。


美羽(ダンス部だったら、きっと…けど…)


すると、教室の扉が開き、果歩が息を切らしながら現れた。


果歩「村山さん!」


美羽「げっ」


果歩「ヒーロー部に入らない?」


美羽「藤嶌さんって、諦めが悪いのね」


果歩「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくね」


美羽「その様子だと、まだ5人集まっていないようね」


果歩「関係ないよ。私は村山さんに入ってほしいの。あの時とは違うから」


美羽「正直、少しは揺らいだ。けどね、ダメなのよ。私の一存じゃ決められない。ヒーロー部なんて、親が許してくれない」


果歩「村山さんの未来だよ。自分で決めなくていいの?そんなの、おかしいよ」


果歩の言葉が美羽に突き刺さる。


美羽「あなたには分からないのよ。私はそうやって生きてきたんだから」


そう言うと、美羽は入部届を果歩の目の前に突き出した。


美羽「私が出来るのはこれが精一杯。ダンス部なら、なんとか説得できるかもしれない」


果歩「…嫌だ!」


美羽「は?」


果歩「村山さんがヒーロー部に入ってくんなきゃ嫌だ!だったら、私が村山さんを説得する!」


美羽「私を説得?また勝手な…出来るもんならやってみなさいよ」


果歩「知ってるでしょ?私って諦めが悪いの。村山さんの方から泣いて頼んでくるくらい、毎日しつこく誘うから!」


美羽「…もう、勝手にしたら」


美羽は呆れた様子で教室から出ていこうとした。


果歩「村山さん!」


美羽「なによ、これ以上まだ何かあるの?」


すると、果歩は満面の笑みを浮かべて美羽に向かって手を振った。


果歩「また、明日ね!」


美羽はなぜか赤くなった顔を隠すようにそそくさとその場から立ち去っていった。

結局、この日、美羽は入部届を出さなかった。


村山(どうして微笑むの?あんなにも突き放してるのに…そんな笑顔向けられたら、無視したくてもできないじゃん!)


遠くで教会の鐘の音がゆっくりと鳴り響いている。

風に運ばれてくるその音色は美羽にはどこか寂しげに聴こえた。


村山(藤嶌さんにはこの音がどんな風に聴こえているんだろう…)


光が欲しい。

ほんのわずかでもいいから。

真っ暗な世界に引き籠っている、私にも光を。


やさしさを求めている。

頑なに拒絶してしまうような私にも、

手を差し伸べてくれるような。

お願い、ヒーロー。

もう一度、声を掛けて。

私にも、光を。

太陽のような光を。


翌日。

放課後の1年A組の教室では果歩、陽子、茉央の3人が何やら話し込んでいた。


茉央「あと2人なんだ」


陽子「そうなの。くらげちゃんもいろんな人に声を掛けてくれてるらしいんだけど、なかなか見つからなくて」


初対面で名前を名乗らず教室を飛び出していった海月だったが、後に自己紹介をした時に『海月』という漢字が『くらげ』とも読めることから、みんな『くらげちゃん』と呼ぶようになったのである。


茉央「そっか。もう他で決まっちゃってる人も多いだろうしね」


陽子「完全に出遅れたって感じだよ~」


果歩「そのことなんだけど…1人だったら、なんとかなるかも」


陽子「本当?村山さん、OKしてくれたの?」


果歩「いや、村山さんではないんだけどね…今朝、いきなり入部したいって言われて」


陽子「え!良かったじゃん!誰?知ってる人?」


果歩「うん…中学の同級生。ただ、いろいろと問題があるというか、ヒーローと呼んでいいものかどうか。どっちかっていうと…ヴィラン?」


陽子「なにそれ、どういうこと?イジメっ子なの?」


果歩「いや、そういうわけじゃないんだけど…」


すると、果歩は背後になにやら圧を感じた。


美空「ちょっと、誰がヴィランですって?」


果歩「ほら、噂をすれば…」


ヒーロー部に入部したいと申し出たのは美空だった。

美空の入部動機は『小川彩を守ること』であった。

最近になって、彩に好意を抱いているであろうアルノの存在を知った美空は、彩と同じ吹奏楽部に入部することよりも、ヒーロー部に入部して彩を守ることを優先したのだ。


美空「というわけで、私の彩に群がるお邪魔虫たちを一掃するためにも、この一ノ瀬美空様がヒーロー部に入ってあげるわ!」


陽子「たしかにヒーローっぽくはないね」


果歩「でしょ?けど、背に腹はかえられないからさ」


そこに、海月が1人の生徒を連れて教室へと入ってきた。


海月「入部希望者、見つかりました!」


果歩「すごいじゃん、くらげちゃん!」


海月「1年D組の平尾帆夏さんです」


美空「D組?彩と一緒だ」


帆夏「あ、あの…平尾帆夏です。ヒーロー部、入部希望です」


陽子「平尾さん、ありがとう!よろしくね!あれ?ってことは…」


果歩「1、2、3、4、…5!5人揃ったよ!やったー!ヒーロー部が作れるんだ!」


茉央「わー!おめでとう!良かったね~」


果歩たちはハイタッチするなど思い思いに喜びを表現していた。

その様子を美羽が教室の扉の隙間から隠れるように覗き込んでいた。


美羽(どうしよう…入るタイミング、完全に逃しちゃったじゃない。よく聞こえないけど、なんだかみんな嬉しそう。知らない人もいるけど、一体何があったんだろう?)


すると、そんな美羽の存在に果歩が気づいた。

果歩は美羽に向かって思いっきり手を振って笑顔を向けた。

美羽は途端に恥ずかしくなり、慌てて扉を閉めてしまった。

しかし、逃げる間もなく、再び教室の扉が開かれ、美羽は果歩に呼び止められる。


果歩「村山さん!そんなところで、何してたの?」


美羽「な、なんでもないわよ。今からもう帰るところよ」


果歩「ふ~ん、そうなんだ。あ!そうだ!ヒーロー部ね、5人集まったんだよ!」


美羽「え?」


その言葉を聞いて、美羽は咄嗟に手に持っていた何かを後ろに隠してしまった。

しかし、それはすぐに果歩にもバレてしまう。


果歩「ん?今、何を隠したの?」


美羽「なんでも…ないわよ」


果歩「えー、気になる!気になる!隠さないで見せてよ~」


果歩は美羽が隠したものを見ようと強引に迫っていく。


美羽「ちょ、ちょっと!や、止めてってば!」


果歩は美羽から奪い取った丸まった紙切れを丁寧に開いてみた。

それは、『ヒーロー部』と書かれた入部届だった。


果歩「村山さん!これって!」


果歩の顔が次第にニヤケていく。


美羽「返してよ!」


美羽は恥ずかしそうに入部届を奪い返すと、再びその紙をくしゃくしゃに丸めてしまった。


美羽「5人決まったのなら、私は必要ないでしょ」


美羽は急いでその場から立ち去ろうとした。

しかし、果歩が美羽の腕をぎゅっと掴んで離さなかった。


果歩「人数は重要じゃない。そのことに気づかせてくれたのは村山さんだよ?私は…村山さんと一緒にヒーロー活動がしたいの!」


教室の窓から夕日が差し込む。

その光は美羽の顔を眩く照らした。

その光は、温かく、とてもやさしい光だった。


美羽「こんな私でも…ヒーローになれるのかな?」


美羽の声は震えていた。

そんな美羽を果歩はやさしく抱きしめる。


果歩「もちろんだよ」


果歩は持っていたハンカチで美羽の目からこぼれ落ちた涙を拭った。


果歩「ねえ、村山さん。ヒーローはね、その存在を象徴するような色をそれぞれが持っているの。村山さんは、何色のヒーローになりたい?」


光が欲しい。

太陽のような真っ赤な光が。

だけど、やっぱり、私は…


美羽「それはもちろん…黒に決まってる」


光が届かない場所にこそ、ヒーローが必要なんだ。



続く。

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