第38話:魚たちのLOVE SONG

平岡海月は人魚姫に憧れる。

いつか自分だけの王子と出会い、幸せに暮らすことを本気で夢見ていた。


海に月と書いて海月(みつき)。

海の世界では海月(くらげ)を意味するこの名前を海月はとても気に入っている。


海月の実家は海が目の前に広がる旅館『海蛍(うみほたる)』を経営している。

生まれたときから海月の周りにはいつでも海があった。

海は海月に自然の優しさと怖さを教えてくれる。

海月は海が大好きなのだ。 


『渡辺莉奈です』


一目惚れだった。

坂之上女子高等学校の入学初日。

自己紹介を終えた莉奈の笑顔を目にした海月はまるで人魚姫のように言葉を失った。

しかし、それは莉奈が海月にとっての王子様だったということではない。

莉奈こそが『人魚姫』なのだと海月は思った。


海月(守りたい…)


人魚姫に憧れていた海月は、自分が王子側の人間であることに気がついた。

王子となって人魚姫を守りたい。

これが海月のちょっぴり変わった初恋だった。


しかし、莉奈に対して好意を向けるのは海月だけではなかった。

入学初日にも関わらず、莉奈の可愛らしさは学校中の噂になるほどで、一目惚れする生徒も多かった。

中でも石塚瑶季は積極的に莉奈と関わりを持とうと動いており、同じクラスという利点を最大限に活かしていた。


瑶季「りなっぴ~!可愛いねえ、よしよし」


莉奈「ちょっと、ちょっと。石塚さん、まだ私たちはじめましてからそんなに時間経ってないよ?」


瑶季「いいじゃん、いいじゃん。あ、私のことはたまちゃんって呼んでいいからね?ところで、その可愛らしいお膝の上に乗ってもいい?」


莉奈「え?どういうこと?たまちゃんって変わった子なんだね」


瑶季「たまちゃんって言ってくれた~!可愛いねえ、可愛いねえ…」


莉奈「もう、止めてってば~」


莉奈は嫌がる素振りを見せたものの、こういった対応には慣れてるようで瑶季からの『たまハラ』を軽くあしらっているようだった。

その見た目に反して、大人びた姿勢もまた莉奈の魅力の一つだった。

そんな莉奈と瑶季のやり取りを見て、海月は焦りを隠せなかった。


海月(私が守らないと…!)


しかし、まだ莉奈と会話すらしたことがない海月は遠くから見ていることしか出来ずにいた。


『魚たちのLOVE SONG』

今はまだ私たちは水の中にいる。

けれど、沈黙が全てではない。

教室という閉ざされた世界の中で、私はあなたに愛の歌を歌う。

この想いがたとえ泡になろうとも、消え入りそうなこの歌声をあなたの心に届けたい。

あなたに私の恋の水音が届きますように。


海月はノートに莉奈に対する想いを込めた詞を綴った。


その日の放課後。

莉奈は真っ直ぐ家には帰らず、LEDが眩しく光る街の中を制服のまま漂っていた。

それはまるで制服を着た人魚のようだった。



続く。

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