第36話:夢は何歳まで?

陽子は子供の頃からヒーローに憧れていた。

周りの女子がお人形遊びやおままごとをしている中、陽子だけは男子に混じってヒーローごっこや忍者ごっこをして遊んでいた。

しかし、小学生の高学年になると一緒に遊んでいた男子たちも次第にヒーローごっこからは卒業していき、野球やサッカーなどスポーツに夢中になっていった。

ひとりぼっちのヒーローとなってしまった陽子は、中学生になってからは友達を作ることもせず、家と学校をただ往復するだけの日々を過ごすようになっていた。

そんな陽子がヒーロー以外で唯一夢中になれるものが、父親が師範をしている空手だった。

憧れのヒーローのように強くなるための一番の近道だと信じていたからだ。

ひとりぼっちになっても、陽子はヒーローになることを決して諦めなかった。


ジリリリリ…ジリリリリ…


午前5時、目覚まし時計の音が鳴り響く。

正源司陽子はうつ伏せのまま、手探りで目覚まし時計を止めた。


陽子(まだ5時じゃん…お母さんね。心配性なんだから)


陽子は二度寝しようと瞼を閉じようとした。

しかし、1階から母親が自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。


陽子(今日から高校生か。何かが変わるのかしら)


陽子は変わり映えのしない平凡な毎日に退屈していた。

この目覚まし時計のように、同じ場所をぐるぐると回るだけの毎日がまた始まる。

今日もまた、ゼンマイ仕掛けの歯車がゆっくりと動き出すのだ。


私の夢を話してもきっと白い目で見られるに違いない。

もう高校生になるんだから。

16歳の少女の夢がヒーローだなんて、馬鹿馬鹿しいなんてことは自分でも分かってる。

理解してくれる人がいるなんて期待はしていない。

だったら最初からひとりぼっちで構わない。

坂女の校門を潜ると、陽子は出来る限り目立たぬように入学式が行われる体育館へと入っていった。

入学式が終わると生徒たちは各々の教室へと移動していき、始業のチャイムが鳴ると自己紹介の時間が始まった。


茉央「五百城茉央です!銭湯が好きで、やる気と元気は人一倍あります」


瑛紗「池田瑛紗です…よろしく…お願いします」


桜「川﨑桜です。好きな飲み物は炭酸水です」


出席番号順に自己紹介が始まっていき、陽子の順番が回ってきた。


陽子「正源司陽子…です。私の夢は…」


"夢は何歳まで?"


陽子は口から出かけた『ヒーロー』の文字を咄嗟に仕舞い込んだ。


陽子「すみません…なんでもないです」


陽子はそのまま俯きながら席へと戻っていった。


陽子(こんなこと言ったって無駄なんだ)


早くも高校生活を諦めようとしていた陽子だったが、人生の転機は突然に訪れた。


果歩「かほりん、降臨!初めまして、藤嶌果歩です!突然ですか、みなさん。この学校に足りないものって何だと思いますか?」


果歩からの急な問いかけにキョトンとするクラスメイトたち。


果歩「五百城さん、分かりますか?」


茉央「え?私ですか?うーん、なんだろう…あ!銭湯ですか?」


果歩「ぶぶーっ!違います。まあ、それもあって良いかもしれませんが。じゃあ…川﨑さん、どうですか?」


桜「え…足りないもの…と言われても、まだ今日が学校生活の一日目なので…」


果歩「確かに!それはそうでした。けど、私は去年の『坂女祭』に参加して気がつきました。そう、この学校に足りないもの、それは…」


果歩は次の言葉を溜めると、腕を十字にクロスさせてみせた。


果歩「ヒーローです!!!」


陽子(え?)


席に戻ってからも俯いたままだった陽子は『ヒーロー』という言葉に思わず顔を上げた。


陽子(あれ?あの子って…)


陽子は去年の『坂女祭』に向かうバスの中で、既に果歩の存在を認識していたことを思い出した。


果歩「坂女には素晴らしい部活動がたくさんあります。しかし!ヒーロー部がないんです!ヒーロー部が!私は悲しいです。この学校に、いや、今の世の中に必要なものは何か!ヒーローなんです!と言うわけで、私はこの学校に『ヒーロー部』を作ります!以上、かほりん、降臨!藤嶌果歩でした~」


果歩の突拍子もない自己紹介にクラスメイトは若干引いていたが、陽子だけは胸の鼓動が高まっているのを感じていた。


陽子(藤嶌果歩さん…あの子も受かってたんだ)


美羽「村山美羽です…よろしく」


最後の生徒が自己紹介を簡単に済ませると、終業のチャイムが鳴った。

陽子は果歩に話しかけようか悩んでいた。

自分と同じようにヒーローを必要としている人間が目の前に現れたのだ。

もしかすると、平凡な毎日から抜け出せるかもしれない。

もう、ひとりぼっちにならなくて済むかもしれない。

けれど、中々その勇気が出ない。


"夢は何歳まで?"


この言葉が陽子の気持ちを制御しにかかる。


陽子(もしも藤嶌さんの冗談だったら?そしたら、私の夢は笑われる?馬鹿にされちゃう?結局、ひとりぼっちのまま?)


陽子が躊躇していると、茉央が果歩のもとに足を運び、なにやら話しかけていた。


茉央「藤嶌さん、ヒーローになりたいって本気なの?」


果歩「あ、果歩でいいよ~。それか、かほりんって呼んで欲しいな。うん、ヒーローは本気だよ!だって、ヒーローは私の夢だから」


果歩から出たその言葉を聞いて、陽子は無意識に体が動いてた。


陽子「私も!!!」


二人の会話に割って入った陽子は興奮冷めやらぬといった様子だった。


果歩「びっくりした…正源司さん…だよね?」


陽子「え?あ!ご、ごめんなさい!私ってば、何やってるんだろう」


果歩「私もって…もしかして、ヒーローのこと?」


陽子「う、うん。私も…ヒーローになるのが夢なの」


陽子は全身の震えが止まらなかった。

自分の夢をまた否定されるのが怖かった。

けれど、そんな陽子の手を茉央がギュッと握りしめた。


茉央「二人ともかっこいいね!ヒーローのことは私にはよく分からないけど、夢があるって素敵なことだよ!私は二人の夢を応援する!」


果歩「嬉しい~!五百城さん、めっちゃ良い子じゃん」


茉央「私も茉央とか好き呼んでいいよ、かほりん」


果歩「やる気、元気、五百城!」


茉央「いや、初対面やのに失礼すぎるやろがーい!」


すっかり意気投合した果歩と茉央が笑い合う中、陽子の目からは一筋の涙が流れ落ちていた。


茉央「え?どうしたの!?ごめん、いきなり手なんか握って嫌だってよね…ごめんね!」


陽子は首を横に振った。


陽子「違うんです…嬉しくて…私、自分の夢を肯定されたこと初めてで…それで…」


陽子の目からは次々と涙が溢れ出ていた。

そんな陽子に果歩が慌てた様子でハンカチを差し出した。


果歩「私たちは味方だから。二人とも、ようこそ、ヒーロー部へ!!!」


果歩は両手を大きく広げながら歓迎のポーズをしてみせた。


茉央「いや、私は入らないから。それに、正源司さんもヒーロー部に入るなんて一言も言ってないけど」


果歩「嘘でしょ?今の流れで入らないなんてことある?ねえ?正源司さんは入ってくれるんだよね?」


陽子「え?私は…ごめん、そこまでのことは考えてなかった。けど…こんな私で良ければ、ヒーロー部に入れてください」


果歩「仲間きた~!」


果歩は勢い良く立ち上がり、陽子を強く抱き締めた。

茉央は拍手しながら笑顔で二人を見守っていた。


美羽(ヒーロー?馬鹿みたい…)


そんな三人の様子を冷ややかな目で睨み付けながら、美羽は教室を出ていった。


美羽(このクラス、窮屈だな…)



続く。

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