第32話:ジャンピングジョーカーフラッシュ
遠藤理子は姉のさくらを尊敬していた。
子供の頃から理子はさくらの後を付いて離れなかった。
さくらがピアノを習い始めると理子も真似をして習いたいと言い出し、さくらが吹奏楽部に入部すると後を追うように理子も吹奏楽部に入部した。
そして、中学三年生になった理子は、さくらが通う坂之上女子高等学校を志望校に選んだのだった。
さくら『もうすぐ出番だ。緊張するよ~』
理子『頑張ってね。応援してるから』
さくらからのメールに返信し終えると、理子は携帯電話の電源をオフにした。
今日は年に一度の学園祭『坂女祭』の最終日。
最終日は一般公開されており、生徒たちの家族やOB、坂女を志望する受験生などが多く訪れるのだ。
そこでは部活ごとに様々な催しを行っており、中でも注目されている催しの一つがさくらが部長を務める吹奏楽部による演奏だった。
注目度が高いこともあり、観客はすでに満員に近くなっており、それを見たさくらは緊張で手の震えが止まらなくなっていたのだ。
さくら(部長なんだからしっかりしなくちゃ…理子も見に来てくれてるんだから。うーん、けどやっぱり緊張するよ~)
そんなさくらの背中を副部長の矢久保美緒がバシンと叩いた。
美緒「ほら!さくちゃん、時間だよ!気合い入れて頑張ろうね、さくちゃん!」
美緒に後押しされて、さくらは慌ててステージに上がった。
さくら「み、みなさま…本日はお集まりいただき、ありがとうございます。えー、私たち吹奏楽部は…3曲演奏させていただきます。えーと、えー…あ、すみません。演奏…します」
さくらがあたふたしながらお辞儀をすると、部員たちが一斉に演奏する体制を整え始めた。
理子(私まで緊張してきちゃった。お姉ちゃん、頑張れ…)
指揮者の一振りで演奏が始まった。
すると、さくらの手の震えはピタッと止まり、落ち着いて演奏するようになっていた。
そのまま数曲を演奏し切ると観客から盛大な拍手が送られた。
誰もが吹奏楽部の演奏に魅了されていた。
理子(やっぱりお姉ちゃんはすごいな)
さくら「ありがとうございました。次で最後の曲になるんですが、例年と違って特別なステージをお送りしたいと思います。昨日も大ホールでやらせていただいたんですけど、スペシャルゲストとの合同演奏をお届けしたいと思います。それでは、登場していただきましょう。軽音楽部のみなさんです!」
さくらの紹介で照れくさそうに登場した軽音楽部の一同。
すると、部長の井上梨名がさくらのマイクを奪い取った。
梨名「紹介が大袈裟やねん!スペシャルゲストなんて言い方したら、みんな芸能人が来るんかなって期待してまうやろ」
さくら「ご、ごめんなさい…」
すると、ギターを抱えた掛橋沙耶香が二人のやり取りの間に割って入る。
沙耶香「はいはい。そこどいてくださいね。ここからは私が主人公なんですからね」
梨名「お、沙耶香やる気満々やん。ほな、うちらの演奏を見せつけたろか!」
沙耶香のおかげで喧嘩腰だった梨名が自分の立ち位置に着き、さくらはほっとした様子だった。
沙耶香「お見苦しいところをお見せしてすみません。合同演奏の後もそのまま軽音楽部の演奏が続きますので、最後まで楽しんでいってください」
指揮者に代わってドラムの音を合図に演奏が始まった。
【君の瞳に恋してない】
吹奏楽部と軽音楽部の一体感に会場の盛り上がりがより一層増したように感じた。
座って見ていた観客たちの中には思わず立ち上がる者も現れた。
理子もまたその一人だった。
理子(なんだろう、この気持ち…すごく胸が高ぶってる)
理子がロックンロールと出会った瞬間だった。
梨名「いいね~!みんな自由に楽しんで!」
梨名の煽りに応えるように観客たちは次々と立ち上がり、思い思いに楽しんでいた。
合同演奏の曲が終わると、吹奏楽部の部員たちはステージから降りていき、軽音楽部だけの演奏に移り変わっていった。
吹奏楽部の演奏が終わったら帰るつもりでいた理子だったが、新しい音楽との出会いにその場から立ち去ることが出来なくなっていた。
まるで体の中を音楽が駆け巡っているような感覚だった。
沙耶香「ラスト!!!」
梨名「よっしゃ!こっちもスペシャルゲストの登場や!坂女祭!盛り上がっていくぞー!『お笑い部』、カモンッ!」
梨名に呼ばれて現れたのは林瑠奈たち『おもろい部』の一同だった。
瑠奈「うちら『おもろい部』やっちゅうねん。まあ、せやけど、今日はせっかくの坂女祭やからな。今回だけは名前を変えさせてもらうで。『お笑い部』?いーや、うちらは『お洗い部』やー!!!」
ひなの「みなさーん?盛り上がる準備は出来てますかー?ずぶ濡れになる覚悟は出来てますかー?」
『おもろい部』部長の上村ひなのが観客を煽ると、部員たちは一斉に手に持っていた水鉄砲を客席に向けて構え始めた。
綺良「水風船も大量に用意してまーす!」
水鉄砲を抱えた増本綺良と幸阪茉里乃がニヤニヤしながら客席を見下ろしている。
茉里乃「周りのことは気にしない!リズムに乗って馬鹿になれ!まだ知らない自分になる!茉里乃様との約束やで~」
そして、なぜか既にずぶ濡れになっている弓木奈於が水の入ったバケツを持って現れる。
奈於「私たちと一緒に騒ぎましょう!かけがえのない時間を過ごしましょう!後悔だけはするんじゃないぞ~!」
梨名「なんだかすごいことになりそうやけど、みんな準備はいいか?いくで?」
観客たちはこれまで以上に盛り上がる。
梨名「踊れ~~~!!!」
梨名の叫び声を合図に、軽快な演奏と洗い部による放水が始まった。
この時間、この空間は『自由』そのものだった。
ずぶ濡れになりながら、演者も観客もみんなが腕を振り上げて踊り狂っていた。
唯一人、理子だけはその場から微動だにせず、立ち尽くしていた。
まるで、一人だけ時間が止まっているようだった。
けれど、理子の心には小さくも熱い炎が灯り始めているのだった。
続く。
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