第31話:サイレントマジョリティー

私は自分の意思で何かを選択したことがほとんどない。

ずっと、人任せにしながら生きてきた。

目的もなく歩く私は何のために生まれたのだろう?


太陽は嫌いだ。

私には眩しすぎるから。

誰かの背中に隠れて、影のように生きる。

誰にも見つからなければ、傷つくこともないから。


黒い服を着ているときは気持ちが落ち着く。

それだけで群れの中に紛れることが出来るから。


坂之上女子高等学校を志望した理由も特にはない。

親や先生、大人たちが勝手に決めたことだ。

私はただ、首を縦に振っただけ。


村山美羽は『坂女祭』に来ていた。

ただし、志望校だからという理由ではない。

母親に行ってきなさいと言われたからだ。

そこに断る理由がなければ、美羽は『はい』と言ってしまう。

自らの意思で来たわけではないため、美羽は何をして良いのかも分からず、ただ中庭にあるベンチに座って空を眺めていた。

今日は雲一つない晴天だった。

太陽の光が美羽の顔を眩しく照らす。

美羽は思わず顔を伏せた。


美羽(もういいや。適当にどこかで時間を潰して帰ろう)


何もすることもなく帰ろうとして立ち上がったその時だった。

美羽の手に一枚のチラシが手渡された。


晶保「ダンス部です!13時からダンスパフォーマンスやります。良かったらどうぞ!」


チラシを手渡したのはダンス部の大沼晶保だった。


美羽「ダンス部…」


晶保「興味ありますか?先輩たちのダンス、すっごくかっこいいので是非見に来てください!もちろん、私も一生懸命踊りますよ~」


美羽「あ、私は…その…」


晶保「どうですか?沼っちゃいますよ~?」


こうなると、美羽はもう断れない。

美羽は首を縦に振った。


美羽「はい…」


晶保「わー!ありがとうございます~。じゃあ、13時にこの中庭で!待ってますね~」


そう言うと、晶保は美羽の元から走り去っていった。


美羽(また断れなかった…13時か…まだ時間あるじゃん。どうしようかな…)


結局、美羽は13時になるまでの間、何もせずベンチに座ったまま過ごすことにした。


美羽(あと5分か…お腹空いてきた。何か買っておけば良かったな)


そんなことを考えていると、ダンス部がパフォーマンスの準備を始めに現れた。

晶保が美羽に気づいて大きく手を振っている。

美羽は照れくさそうに軽く会釈をした。


美羽(みんな、緊張してる…懐かしいな、この感覚)


実は美羽も半年前までダンスを習っていた。

習い事は親がほとんど勝手に決めていたが、唯一、ダンスだけは美羽が自分から習いたいと言ったのだ。

しかし、中学3年生になると、受験勉強を理由に親からダンスは辞めるようにと言われてしまい、断ることも出来ず、美羽は勉強に専念することになった。


美羽(あのとき、首を横に振っていたらどうなっていたのかな…)


??「あの、お隣って大丈夫ですか?」


美羽が頭の中で色々なことを考えていると、突然、綺麗な顔立ちをした少女が美羽に声を掛けてきた。


美羽「あ、はい。どうぞ、どうぞ」


??「ありがとうございます」


美羽(綺麗な子だな。同い年くらいかな)


声を掛けてきた少女のことが少し気になる様子の美羽だったが、すぐにダンス部部長である武元唯衣の挨拶が始まった。


唯衣「みなさん!本日はお集まりいただき、ありがとうございます!私たち!」


一同「坂之上女子高等学校ダンス部です!」


唯衣「短い時間ではありますが、精一杯パフォーマンスさせていただきますので、楽しんでいってください」


ダンス部一同が深々と頭を下げる。

すると、美羽の隣に座っていた少女の元に、慌てて駆け寄ってくるもう一人の少女が現れた。


??「あ、来た!遅かったね。もう始まっちゃうよ」


??「ごめん、ごめん!寝坊しちゃってさ。お姉ちゃんが起こしてくれなったら完全に間に合わなかったよ~」


??「また寝坊しちゃったんだ。後でお姉さんにお礼言っとかないとね」


??「本当にね。だって、私は坂女のダンス部に入りたくて、今頑張ってるんだから!間に合わなかったら一生後悔するところだったよ」


美羽(この子、ダンス部に入りたいんだ。ちゃんと目標があるなんて、なんか羨ましいな)


??「あの…友達もここに座って大丈夫ですか?」


美羽「はい、大丈夫ですよ」


そう言うと、美羽は間隔を空けるために少し横へとずれてみせた。


??「ありがとうございます」


お互いに軽く会釈するような感じで三人はベンチに座り直す。

美羽は再び視線を前に向ける。


武元「それでは一曲目、ご覧ください」


その瞬間、にこやかな表情を浮かべていた唯衣の顔つきがキリッとした表情に切り替わった。

しかし、それは唯衣だけではなかった。

他のダンス部員たちの表情も先程までとは一変してまるで別人のようだった。

曲が始まると観客たちの目を引くのはやはり部長である唯衣と山﨑天のパフォーマンスだった。

この二人を見るためだけにわざわざ県外から訪れる人も少なくはないという。

しかし、そんな二人のパフォーマンスに引けを取らないのが、一年生の遠藤光莉と黒見明香だ。

この二人のダンスもまた観客たちの視線を釘付けにしていた。

そんな中、美羽の視線の先に映って離れないのが晶保だった。


美羽(あなにも力強いダンスをする人、初めて見た…それになんと言うか…)


その時、ダンスの勢いが付きすぎた晶保がパフォーマンス中にも関わらず転倒してしまった。

美羽は思わず手に力が入り、立ち上がってしまう。

しかし、晶保はすぐにその場から立ち上がり、笑顔でパフォーマンスを続けたのである。


美羽(自由だ…あの人のダンスは自由そのもの!)


美羽はすっかり晶保のファンになっていた。

すると、美羽と目が合った晶保がウインクをしてみせた。


美羽(ヤバい…私、沼っちゃったかも)


時間はあっという間に過ぎていった。

美羽は坂女祭に来て良かったと感じた。

そして、自分はこんなにもダンスが好きだったんだと改めて再認識した。

それと同時に、ダンスレッスンを辞めてしまったことをひどく後悔した。


唯衣「今日は本当にありがとうございました!次で最後の曲になります」


"君は君らしく生きて行く自由があるんだ"

"大人たちに支配されるな"


家路へと向かうバスの中で、美羽の脳裏にはダンス部が披露した最後の曲の歌詞が浮かんで離れなかった。



続く。

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