第29話:断絶
体育館を飛び出した沙耶はバスケ部の部室に鍵を閉めて閉じ籠っていた。
沙耶(どうしよう…私、とんでもないことしちゃった。もうバスケ部に戻れないよ…)
沙耶は今にも泣き出しそうな様子で座り込みながら頭を抱えた。
コンッ コンッ
誰かが部室をノックする音が聞こえる。
一瞬、沙耶はバスケ部の仲間が追いかけてきてくれたのだと期待した。
しかし、声の主は沙耶が期待するものではなかった。
保乃「ここにおるんやろ?」
立ち上がり掛けた沙耶の動きが止まる。
沙耶は気付かれないように声を押し殺した。
コンッ コンッ
保乃「出てきなさいよ」
部室からは返事がなかったが、誰かが居る気配がしていた。
保乃は沙耶がここに居ると確信しているようだった。
コンッ コンッ
保乃「出てくるまでここで待ってるからな」
そう言うと、保乃は部室前にあぐらをかいて座り込んだ。
沈黙は続き、20分、30分と時間だけが過ぎていった。
コンッ コンッ
しびれを切らして保乃は再びドアをノックした。
しかし、部室からは依然として何の返事もない。
保乃「なあ、このままでええんか?あんな逃げ方して、もう戻らんつもりなんか?バスケは捨てて、モデルを選ぶんか?それとも、どっちも手離すつもりなんか?」
保乃がいくつ質問を投げ掛けても答えは返ってこない。
コンッ コンッ
保乃「ええかげんにせえや!金川沙耶はこの程度やったんか!うちが本気で競い合える相手はあんた以外におらんねん!せやのに、たった1回負けただけで逃げ出すんか!?こっちは何回も負けてんねん!カッコ悪い勝ち逃げなんか絶対に許さへんからな!」
保乃が必死に訴えても返事はない。
再び沈黙の時間が続いた。
コンッ コンッ
6回目のノックは弱々しいものだった。
太々しいドアノブは動かない。
保乃「もうええわ。あと1回、これで最後や。次のノックで出てこうへんかったら、あんたとは断絶や」
保乃が最後のノックをしようとした、その時だった。
??「ちょっと待った!」
保乃が振り返ると、そこには菜緒とサングラスを掛けた女性が立っていた。
そして、その女性はサングラスを外すと、ゆっくりと部室にちかづいてきた。
保乃「嘘やろ…渡邉美穂?なんでこんなところに」
保乃は頭がパニックになった。
そうなるのも無理はない。
菜緒が電話して連れてきた相手とは朝ドラの主演として一躍有名になった若手女優の渡邉美穂だったからだ。
菜緒「美穂は坂女のOBなの。私とは同級生よ」
保乃「ほんまですか?知らんかった…けど、なんで渡邉美穂…さんを呼んだんですか?」
菜緒「美穂はバスケ部だったの」
バスケ部の部室のドアを撫でながら、美穂は嬉しそうに笑みを浮かべている。
美穂「変わってないなあ、あの頃から。この部室も、バスケ部とバレー部との関係も」
沙耶たちとは違い、ライバルというよりは友達同士ではあった菜緒と美穂も、かつてはお互いを意識して様々なことで競い合っていた仲だった。
そして、今の沙耶のように美穂もバスケと女優の両立で思い悩んだ時期があったのだ。
菜緒「結局、美穂は女優の道を選んで、学校を中退したわ。そして、私もそれを全力で応援した。だからといって、金川さんも同じようにしろなんて思わない。必ずしも成功するとは限らないし、こればっかりは金川さん本人が決断するしかないもの」
美穂「もう、恥ずかしいからその話はおしまい。えーと、確かこの辺りに…あった!」
菜緒の昔語りを他所に、美穂は部室の隣に置かれている不自然な置物を調べ始めた。
なんと、置物の裏には部室の鍵が隠されていたのだ。
美穂「まだ先生たちには見つかってなかったんだ」
それは、かつて美穂がこっそり部室に入るために隠していた秘密の合鍵だった。
美穂「鍵が変わっていなければこれで開くはずよ」
美穂はその合鍵で部室の鍵を開けてみせた。
菜緒「田村さん、私たちに出来ることはここまで。後はあなた次第よ」
保乃は部室のドアを勢いよく開けると、うずくまっている沙耶の体を無理矢理に起こした。
保乃「勝ち逃げは許さん!絶対…絶対に許さへんからな!逃げ出したくなるくらい、しんどかったんなら…一人で悩むな!誰かに相談せえ!絶対に辞めたらあかんから…あんたがバスケ部辞めたら…うちが寂しいやろ!」
保乃の思わぬ本音が飛び出して、沙耶は動揺しつつも救われた気持ちになっていた。
沙耶「私だって…辞めたくないよ!バスケ、好きだもん!けど、モデルの仕事も同じくらい好きなの!もう、どうしたらいいか分かんないの!」
気づけば二人とも涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。
そんな様子を黙って見ていた美穂は優しく包み込むようにそっと二人を抱きしめた。
美穂「たくさん悩め、君たち。私は女優を選んだけど、やり方次第でいくらでも欲張れるんだから。どちらも手放したくないのなら、後はどうバランスを取るかってこと。その道の先輩として、私がいつでも相談に乗ってあげるよ」
沙耶「ありがとう…ございます」
沙耶はその後、数日間学校を休み、自分の将来についてたくさん悩み、考えた。
そして、再びバスケ部とモデルの仕事を両立する道を選ぶことにした。
ただし、モデルの仕事は学校を卒業するまでは無理のない範囲でやっていけるように、事務所と相談することにした。
そして、本気でバスケ部を全国優勝に導くためにこれまで以上に練習に励むようになった。
保乃とは相変わらず小さな事で張り合ってはいるものの、休みの日には一緒に遊びに出掛けるようになったりと、関係性は少しずつ変化しているようだった。
あの時、保乃が7回目のノックをしていたら、全く違った未来が待っていたかもしれない。
コンッ コンッ
保乃がドアをノックする。
真佑「はーい」
保乃「いつまで待たせんの?早く行こうや」
ドアの向こうから聞こえてきたのは保乃の双子の姉である真佑の声だった。
今日は沙耶たちバスケ部の地区大会の決勝戦だった。
真佑「だって、決勝戦ともなると人がたくさんくるんでしょ?お洒落しないと」
保乃「そんなんええから!試合始まるって!」
保乃と真佑は慌てて家を飛び出し、会場へ向かうバスを待つためにバス停へと向かった。
すると、バス停の前で一人キョロキョロ落ち着かない様子の少女が目に入った。
真佑「何かお困りですか?」
??「え?あっ、いえ。今日、バスケットボールの大切な試合があるんですけど、坂之下体育館に行くには次のバスに乗ればいいんですよね?」
保乃「せやけど、あんた、どこの高校や?うちの制服やないみたいやから、相手高の生徒か?」
??「私は坂之浦中学の3年で…今日は坂女の応援に行きたくて」
保乃「へー、うちのバスケ部を応援してくれるんや。めっちゃ、ええ子やん」
??「坂女のバスケ部に入るのが私の目標なので」
真佑「そっか、3年生なら今年受験だもんね。受かるように頑張って!」
??「はい。ありがとうございます」
保乃「もしかしたら、来年体育館で会うかもしれんし、名前でも聞いとこうかな」
真佑「あなた、お名前は?」
??「私の名前は…『菅原咲月』です!」
続く。
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