第28話:どうする?どうする?どうする?

沙耶(どうする?どうすればいい?)


沙耶の頭の中は真っ白だった。


沙耶「よし、勉強は諦めよう」


二年生になった沙耶はバスケ部のキャプテンに就任していた。

それに加えてモデルの仕事についても少しずつ経験するようになっていった。

一見、滑り出し好調にみえる沙耶だったが、初めての事の連続で徐々に頭がいっぱいになっていった。

バスケ、モデル、勉強の全てを完璧にこなすと宣言していた沙耶だったが、元々苦手であった勉強についてはすでに諦めモードであった。


悠理「やんちゃん、諦めるの早くない?テストまであと一週間もあるのに」


沙耶「そ、そうなんだけどさ。ほら、私ってキャプテンじゃん?それにモデルの仕事も忙しくて…」


悠理「大丈夫なの?最近はバスケの方もミスが目立つようになってきた気がするんだけど。これじゃあ三点倒立どころか、両立も難しいんじゃない?」


沙耶「だ、大丈夫だって!勉強は…ほら、元々苦手だし?バスケは、ね?大丈夫!大丈夫!ははは…そんなことより、練習しよ!練習!」


悠理には沙耶の笑顔がひきつっているように見えたが、言葉に出す前に沙耶は慌てて体育館へと走り去ってしまっていた。


悠理「やんちゃん…」


実際、沙耶の精神状態は限界に近かった。

バスケットの練習にも身が入らず、悠理が言ったとおりミスが目立つようになってきた。

そんな沙耶の異変にバレー部の保乃が気付かないわけがなかった。


保乃もまたバレー部のキャプテンになっていた。

今年こそは全国大会に出場したいと意気込んでいた保乃は、バレー部のためにコーチを雇ってもらえないかと教師たちに掛け合った。

そして、保乃の熱意に心を動かされた教師たちは坂道のOBである小坂菜緒をバレー部のコーチとして雇うことに決めたのだった。


保乃が沙耶の異変に気づいているように、菜緒も保乃の様子に気づいていた。


菜緒「田村さん。あなた、練習に身が入っていないようだけど。そんなことじゃ全国なんて行けないわよ」


保乃「あ、すみません、コーチ…」


しかし、保乃は沙耶の様子が気になってしかたがない様子だった。

そんな保乃がかつての自分と重なって見えた菜緒は優しく温かい表情で微笑んでいた。


菜緒「バレー部とバスケ部の関係性は今も変わっていないようね」


保乃「え?」


菜緒「なんでもないわ。それより、田村さん。心にモヤモヤを抱えたままなら、私は練習を続けることを許可しません」


保乃「え、そんな!」


菜緒「誰かのために動けるって、練習よりも大事なことよ。そうでしょ?」


その言葉にハッとした保乃は菜緒に深々と頭を下げると、練習中のバスケ部の元に割り込んでいった。


沙耶「ちょっと!なに勝手にこっちのコートに入ってきてんのよ!練習の邪魔しないでくれる?」


保乃「うちと勝負しな、浮気者」


沙耶「は?見たら分かるでしょ、今、練習中よ。なんでそんなことしなくちゃいけないのよ」


保乃「ふーん、逃げるんだ。私に負けるのが怖いんだ」


沙耶「はあ!?3往復勝負で一度も勝ったことないくせにどの口が言ってんのよ!やってやろうじゃないの!この体育半ズボン女!」


悠理「あーあ、また始まっちゃった…」


あやめ「私、保乃ちゃんが勝つ方にあんパン1個!」


悠理「もう、あやめちゃんってば!」


あやめ「え?悠理ちゃんも保乃ちゃんが勝つ方に賭けたかった?」


悠理「そういうことじゃ…」


あやめ「ま、今回ばかりはうちの保乃ちゃんが…」


悠理「…3個」


あやめ「え?」


悠理「やんちゃんが勝つ方に…あんパン3個!」


あやめ「悠理ちゃん、勝負師だね~」


こうして再び沙耶と保乃の体育館3往復勝負が始まった。


悠理「位置について、よーい!」


笛の音を合図に沙耶と保乃は走り出した。

最初の1往復はほぼ互角の勝負だった。

しかし、2往復目からは少しずつ二人に差が生まれ、3往復目でその差は歴前となった。

この日、保乃は初めて沙耶に3往復勝負で勝った。

それなのに、保乃は少しも嬉しそうではなかった。


保乃「今の勝負、なかったことにしといたるわ。弱ってるやつに勝っても意味ないからな」


沙耶「…」


沙耶には返す言葉がなかった。

今の自分が"中途半端"であるという事実を突きつけられてしまったことに、ただただ呆然と立ち尽くすしか出来なかった。

とにかく今はこの場からすぐに逃げ出したかった。


両立なんて無理なの?

出口はどっち?

苦しいこの状況を脱出できるその方法は?

バスケを取るか?それとも、モデルの仕事を取るか?

答えは出ない。

これは沙耶にとって世界一難しい問題だった。


沙耶「ごめん、ちょっと頭が痛くなってきた。今日は早退するね」


沙耶は溢れ出しそうな涙を拭うと、逃げるように体育館から飛び出してしまった。


保乃「これで良かったんでしょうか」


菜緒「詳しい事情は知らないけれど、それって誰かに聞いても教えてくれないんじゃない?何が正しいか、みんな自分で決めないと。彼女もあなたも」


保乃「すみません、コーチ。今日の練習…」


菜緒は静かに頷いた。


菜緒「許可します」


保乃は再び菜緒に深々と頭を下げると、沙耶の後を追いかけていった。


悠理「やんちゃん、大丈夫かな…」


あやめ「保乃ちゃんが追いかけていったし、大丈夫でしょ。そんなことより、悠理ちゃん、後であんパン3個ね」


悠理「え、でも、今の勝負なかったことにするって言ってたから無効試合なんじゃない?」


あやめ「…悠理ちゃんって、意外とズルいとこあるよね」


悠理「ふふふ」


そんな二人のやり取りを他所に、菜緒は走り去る保乃の背中を見つめながら、誰かに電話を掛け始めた。


菜緒「もしもし?今日、休みだって言ってたよね。今すぐ坂女に来てくれない?」



続く。

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