第26話:I'm in

光莉、晶保、明香の三人を睨み付けていた生徒はゆっくりと体育館の舞台上へと上がっていった。


光莉(この人、どこかで見たことあるような…)


??「新入生?ここはダンス部の練習場所よ。邪魔だから今すぐ降りてくれる?」


晶保「あの、私たちダンス部に入部希望で…」


??「え、そうなの?だとしたら、なんでヌンチャクなんて振り回して遊んでるのよ。ダンス舐めてんの?」


明香「ごめんなさい!でも、ヌンチャクは遊びではありません!立派な武術なんです!真剣なんです!」


??「は?だったら、空手部とかに入ればいいじゃない。あるか知らないけど」


明香「空手は道場へ通っているので。私はカポエイラがやりたいんです!」


??「カポ…なんだって?なに訳の分かんないこと言ってんの?」


相手の顔がどんどん険しくなっていくのを見て、光莉が慌てて割って入る。


光莉「すみません!この子、ちょっと変わってて」


すると、そこに部長の唯衣が現れた。


唯衣「なんだか騒がしいなあ。なにやってんの、天!後輩ちゃんが萎縮しちゃってるじゃん」


光莉(あ、唯衣先輩!天?聞き間違いかな?)


天「私は何もしてないわよ。そんなことよりさっさと練習するわよ」


唯衣「天は本当に頑張り屋さんやな」


天「うっさい!あんたが言うな」


光莉「高速の天…」


光莉がぼそりと呟いた言葉に天の顔が一気に赤くなった。


天「ちょっ…あんた、なんでそれを!」


唯衣「ダンスを初めて一年しか経っていないにも関わらず、持ち前のセンスから一気に全国大会で上位へと浮上。その圧倒的なスピードとキレの良さからいつしか『高速の天』と呼ばれる存在に。坂之上女子高等学校二年、山﨑天!ここにあり!」


天「やめろー!変な解説をするな!」


天は大慌てで唯衣の口を手で塞いだ。


唯衣「なんでよ。最近まで高速天ちゃんで~す!なんて言いながらはしゃいでたくせに」


天は恥ずかしそうに両手で顔を隠して踞った。


天「嗚呼、終わった…私の先輩としての威厳が…」


一同(か、可愛い…!)


唯衣「ん?どないしたんや?まあ、ええか。君たち入部希望者やんな。みんな、ジャージ持ってる?見学だけっていうのもつまらんし一緒に体動かそっか」


こうして光莉、晶保、明香の三人はダンス部に入部することになったのだった。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


それから5ヶ月が経ち、文化祭の季節が近づく中、光莉は一人悩んでいた。

自分のダンスには表現力が足りていないと感じていたからだ。

技術ではダンス初心者である晶保や明香より勝ってはいるが、晶保の力強さや独創性、明香の武術を活かしたしなやかさは光莉にはない二人の強みであった。

元々、引っ込み思案である光莉

はダンスで『自分』を表現することが苦手だったのだ。

そのことを唯衣や天から指摘された光莉は、文化祭までに自分にしか出来ないダンスを表現するという宿題を抱えたまま途方に暮れていたのだった。


そんなある日のこと。

塾帰りに学校へと続く道の前を通りかかった光莉は、坂女の制服を着た生徒が学校に向かっているのを目撃した。

その生徒とは山﨑天であった。


光莉(山﨑先輩、こんな時間に何してるんだろう…)


時刻は20時を過ぎていたが、光莉は気になって天の後をつけることにした。

そして、光莉は目の前の光景に唖然とした。

天は回りをキョロキョロと見渡し、誰もいないことを確認すると、学校のフェンスを軽々と乗り越え、校庭へと侵入したのだ。

自分に向けられた視線に気がついた天はゆっくりと振り返る。

そして、その視線の正体が光莉だと気がつくと、ニヤリと笑みを浮かべてそのまま夜の校舎へと消えていった。


光莉は足が震えていた。

天が「あんたも付いてきな」と言っているように感じたからだ。

けれど、光莉には規則を破ってこのフェンスを越える勇気がなかった。

それでも、これが自分を変えられるきっかけになるのではと葛藤していた。

光莉にとって唯衣や天は目標だった。

しかし、果たしてその目標は手を思い切り伸ばせば届くような距離だろうか。

踵をできるだけ高く上げて背伸びをしても届きそうで届かないのではないか。

だとすれば、答えは一つだ。

光莉はフェンスに手をかけるとゆっくりと越えていき、天を追いかけて暗闇の中を必死に走った。

すると、外灯の灯りにうっすらと照らされたグラウンドに天ともう一人の生徒が踊っているのが見えた。


光莉「唯衣…先輩?」


もう一人の生徒は武元唯衣だった。

唯衣はいわゆる優等生と呼ばれる生徒だ。

ダンスの実力は言うまでもなく、学力も常に学年で一二を争うほど優秀で、学級委員長も務めるなど、お手本のような存在だった。

そんな唯衣が学校の規則を破って、夜の校舎に侵入していたことに光莉は驚きを隠せなかった。


光莉「どうして唯衣先輩が…」


天「なによ、私ならやりかねないってこと?ちょっと失礼じゃない?」


光莉「あ、いえ。すみません、そんなつもりじゃ…」


天「冗談よ。けど、驚くわよね。だって、唯衣は優等生なんだもん」


唯衣「てへっ」


照れくさそうに唯衣がおどけて見せる。


唯衣「光莉ちゃんもどっちかっていうと優等生な方だと思うけど?どうして、付いてきちゃったのかな?」


光莉「そ、それは…自分でもよく分かりません。だけど、何かを変えないとと思って」


光莉の目は真剣だった。


唯衣「そっか。私はね、クラスメイトや先生たちからは優等生だと思われてる。それなりに勉強も努力しているからね。けどね、『良い子』なだけじゃ、ダンスの神様は愛してくれないのよ」


光莉「ダンスの神様…」


天「規則を破ることで見えてくる世界もあるってこと」


唯衣「最初は私だけでこっそり忍び込んで練習してたんだけどね。偶然それが天に見つかって。それからは二人でこうして時々練習してるってわけ」


天「抜け駆けしようなんてそうはいかないわよ。絶対にあんたを超えて私が一番になるんだから」


唯衣「だとしたらライバルと一緒に練習するのはどうかと思うけどね」


天「細かいことはいいのよ。さあ、続きをやるわよ」


そう言うと、天はダンスの練習を再開した。


唯衣「本当に頑張り屋さんなんだから。それで?光莉ちゃんはどうしたいの?」


唯衣からの問いかけに、光莉の足は再び震えた。

しかし、光莉の目はよじ登ったフェンスよりも更に先を見ていた。


光莉「私も仲間に入れてください…!隅っこでいいから…一緒に汗をかかせてください!」


光莉の道にうっすらと光が灯されたような気がした。



続く。

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