第25話:Student Dance
遠藤光莉は目の前の光景に唖然としていた。
時刻は20時を過ぎているというのに、坂女の制服を着た生徒が学校のフェンスを軽々と乗り越えて、校庭へと侵入していったからだ。
自分に向けられた視線に気がついたその生徒は、ニヤリと笑みを浮かべるとそのまま夜の学校へと消えていった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
里奈「僕は信じてる!世界には愛しかないんだ!」
応援部の松田里奈が校舎の屋上から新入生に向けてエールを送っている。
光莉(今のって…もしかして…)
里奈が叫んでいた言葉が自分にとって特別な想い入れがある曲の歌詞であることに光莉はすぐに気がついた。
光莉が屋上の里奈に気を取られながら歩いていると、不意に誰かとぶつかってしまった。
光莉「あっ、ご、ごめんなさい…」
光莉は伏し目がちに頭を下げた。
??「ああ、ええよ、ええよ。うちも余所見してたから。ごめんな、入学早々なんか騒がしくて」
光莉が視線を少し上げると、その目に飛び込んできたのは思いもよらぬ人物だった。
光莉「武元…唯衣……さん?」
光莉とぶつかった生徒はダンス部のキャプテンである武元唯衣だった。
唯衣「え?うちのこと知ってるん?ごめん、どこかで会ったことあったっけ?」
光莉「あ、いえ…その…すみません!」
不思議そうな顔で質問する唯衣に対し、焦った様子の光莉は顔を真っ赤にしてその場から逃げるように立ち去っていった。
唯衣「なんや?変な子やなあ」
昨年の秋、中学3年生だった光莉は志望校であった坂女の文化祭に訪れていた。
志望理由はただ一つ、武元唯衣の存在だ。
武元唯衣は中学3年生のときにダンス大会で全国優勝をした経験があり、光莉にとって憧れの存在だった。
そんな唯衣のパフォーマンスを生で見ることができ感動した光莉は、緊張しながらも終演後の唯衣に話しかけ、絶対に坂女に合格してみせると宣言したのだ。
光莉(やっぱり覚えてないか…それもそうよね)
光莉は少し落ち込んだ様子で教室へと入っていった。
そして、入学式が終わると、教室では出席番号順に自己紹介が行われた。
光莉「遠藤光莉です。よろしくお願いします」
引っ込み思案な光莉は簡単に挨拶だけして席へと戻った。
続いて光莉の後ろの席の生徒が緊張した様子でやや前傾姿勢のまま教卓の方へと歩いていった。
晶保「お、おはようございます。私の名前は大沼晶保と言います。実家は魚屋で、特技は反復横跳びです。いきます!」
どういうわけか勢いよく反復横跳びを始める晶保に教室中がざわついた。
そんな中、誰よりも大笑いしている生徒がいた。
後に増本綺良と『おもろい部』を立ち上げる林瑠奈だった。
全員分の自己紹介が終わり、ホームルームが終わると、瑠奈は晶保の元へ真っ先に駆けつけた。
瑠奈「大沼さん!率直に言うわ。うちと漫才やらへんか?」
晶保「え?は、林さんだっけ…?まんざい?えーと…」
瑠奈「いきなり出てきてごめん、誠にすいまめんでジョイマン状態なんやけど、お笑い研究部に入ろうと思てんねん。うちの相方になってくれへん?」
晶保「ジョイマン…?相方…って、話が全く見えないんですけど」
瑠奈「え?ジョイマン知らんの!?てっきりお笑い好きやと思ってたけど、さっきの反復横跳びはネタでやったんちゃうん?あれを天然でやったんか…大沼さん、あんたもしかして天才か!?是非ともうちの相方になってや!」
天才と言われて満更でもない晶保だったが、瑠奈からのいきなりの提案に慌てふためいていた。
晶保「ごめんなさい!私、ダンス部に入るつもりだから…」
光莉(ダンス部?)
晶保と瑠奈の会話が背中越しに聞こえていた光莉はダンス部という言葉に反応せざるをえなかった。
瑠奈「ダンス部?なんや、もう入る部活決めとったんか。くそー、こんな逸材なかなか出会えんのに…こうなったら、入学式で目立っとったアイツに…いや、無理か…うーん、大沼さん!やっぱり、コンビ組もうや!うちにはあんたしかおらん!」
晶保「え、えーと…」
ぐいぐいと説得にかかる瑠奈に押され気味の晶保。
光莉「ダメだよ!」
突然、話に割って入ってきた光莉に瑠奈と晶保は目が点になっていた。
光莉自信も自分の行動に驚いた様子だった。
光莉「ご、ごめんなさい…」
瑠奈「ビックリした。えーと、遠藤さんやっけ?急に、どないしたん?」
光莉「大沼さん…困ってるみたいだし…」
瑠奈「困ってる?そうなん、大沼さん?うちら楽しくおしゃべりしてたよな?なあ?」
晶保「そ、そうだね…ははは」
晶保は明らかに困った様子だった。
瑠奈「ほら見てみいや。これはうちと大沼さんの問題であって、遠藤さんには関係ないことやから」
光莉「関係なくないよ!だって…大沼さんは私とダンス部に入るんだから!」
晶保「え~!」
晶保は目を丸くして嬉しそうな表情を浮かべた。
晶保「嬉しい!私、入部するのが新入生一人だけだったらどうしようとか不安だったんだ。クラスメイトに入部希望の子がいるなんて心強いよ~」
光莉「私も…同じこと考えてたから嬉しい。ふふ…」
光莉と晶保のやり取りを見ていた瑠奈は深くため息をついた。
瑠奈「あほくさ。どうやら時間の無駄やったみたいやな。まあ、ええわ。いつかあんたら二人とも爆笑させて、コンビ組まへんかったことを後悔させるくらい面白くなったるからな!ついでに、ダンス部の応援もしといたるから、せいぜいかっこよくなるんやで!ほな、さいなら!」
そう言うと、瑠奈はどこかへと立ち去っていった。
晶保「私たちのこと、応援してくれるって」
光莉「良い人なのかな?林さんって…」
大きな疑問を残したまま、二人はダンス部の活動場所である体育館へと向かったのだった。
すると、体育館から威勢の良い声が聞こえてきた。
??「アチョー!ホアチャーーー!!!」
光莉と晶保が恐る恐る体育館の中を覗き込むと、舞台上でヌンチャクを振り回しながら奇声を発している生徒がいた。
晶保「ダンス部の活動場所って、体育館の舞台上だよね?」
光莉「うん、そう聞いてるけど…」
晶保「ってことは、先輩なのかな?どうしよう、ダンス部に入るの怖くなってきたかも」
光莉「わ、私も…」
目の前の不思議な光景に怯える二人。
そんな二人に舞台上の生徒が気がついた。
??「あ!もしかして、ダンス部の入部希望者!?」
光莉「え?あ、はい。一応…」
??「そうなんだ!嬉しい!そんなところで見てないでこっちにおいでよ!」
ヌンチャクを持った生徒が二人を手招きする。
それを見て、光莉と晶保は困惑したまま舞台上へと向かった。
晶保「ここってダンス部ですよね?」
??「そうだと思う。私も初めてきたからよく分かってなくて」
光莉「え?初めてってことは、私たちと同じ一年生ってこと?」
??「うん、そうだよ!私、E組の黒見明香。ダンス部希望!よろしくね」
ヌンチャクを振り回していたのがダンス部に入部を希望する一年生だと分かり、驚きが隠せない様子の二人であった。
晶保「私はD組の大沼晶保。こっちは同じクラスの遠藤光莉さん」
光莉「よ、よろしくね。ところで、黒見さんは何をしていたの?ダンス部希望なんだよね?それって…」
光莉は明香が手に持っているヌンチャクを指差した。
明香「ああ、これね。私、ブルース・リーに憧れてるの!だから、武術とか格闘技が好きで。カポエイラってあるでしょ?あれに興味があって」
光莉「そ、そうなんだ(変わった子だなあ)」
明香「だから、ダンス部に入りたいんだけど、まだ先輩たち誰も来ていないみたいだから」
晶保「だからって、そんなもの振り回さなくても」
明香「ははは!ごめん、ごめん。驚かせちゃったよね。けど、楽しいんだよ?やってみる?」
光莉「ははは…私は遠慮しておくね」
晶保「私は…ちょっと興味あるかも」
光莉「えー!?」
晶保からの予想外な返答で場の空気が一気に和んだようだった。
体育祭に三人の笑い声が響き渡る。
しかし、そんな和やかな空気はすぐに一変する。
??「あんたら、なにしてんの?」
光莉たちは声のする方へ振り向くと、そこには三人のことを腕組みしながら睨み付けている生徒がいたのだった。
つづく。
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