第24話:アンビバレント

遠藤さくらは焦っていた。

文化祭まであと3日しかないというのに、一度も最後まで演奏が上手くいったことがないからだ。

吹奏楽部と軽音楽部の関係が良好ではないことはさくらも知っていた。

けれど、頼まれたら断れない性格のさくらは教師たちからの提案をただ受け入れることしか出来なかった。

そもそも、さくらは部長などやりたくはなかった。

先輩たちから推薦されて断りきれず首を縦に振ったのだ。

推薦された理由も去年の文化祭でさくらがミス坂女に選ばれたからであり、もちろん、そのコンテストもさくらが自らの意思で出場したわけではなく、周りからの誘いを断れなかったからである。

こうして、さくらは自らの意思の弱さが引き金となり、結果として追い込まれてしまったのである。


さくら「どうしよう…」


そんな様子を黙って見ていることしか出来ない転校生の璃果は、この数日をずっとモヤモヤした気持ちで過ごしていた。


璃果「有美子先輩。どうして、誰も藤吉先輩と井上先輩の口喧嘩に意見しないんでしょう?」


璃果が何気なく言った言葉に有美子はドキッとした。


有美子「人間関係って思った以上に面倒なんだよ。あっちを立てると角が立つし、こっちを立てても角が立つ。みんな、巻き込まれたくないんだよ、きっと」


璃果「有美子先輩はどうなんですか?」


有美子「私は…正直どっちの言ってることも分かるかな。私は吹奏楽部だけど、ロックバンドも好きだから。ちゃんとしていなくちゃ気が済まないっていう夏鈴の意見も分かるし、ちゃんとしすぎるのが嫌だっていう梨名ちゃんの意見も分かる。だから、どっちの味方をしていいのか分からないの」


璃果「うーん、どっちかに味方する必要はないと思うんですよね」


しばらくして、また夏鈴と梨名の口喧嘩が始まった。

みんなは部長であるさくらに視線を集める。

とうとう限界を迎えたさくらは耳を塞いでしゃがみこんだ。


さくら「もう嫌!なんで誰も助けてくれないの!私にばっかり押し付けないでよ!」


慌ててさくらの元に駆け寄った美緒が背中を擦りながら大声で何かを叫んでいる。

夏鈴と梨名は聞く耳を持たないといった様子で口喧嘩はどんどんエスカレートしていく一方だった。

周りで見ているだけだった部員たちも、次から次へと不平不満を言い始めた。

音楽室を雑音が埋め尽くしていく。

その様子を黙って見ていた璃果はスッと立ち上がり、大太鼓のある場所へと向かった。

そして、大きく振りかぶった腕で力いっぱい何度も大太鼓を叩き鳴らした。


璃果「がためがすな!おだづなよ!」


その場にいた全員が呆気に取られた様子だった。


夏鈴「がため…?おだ…づ?」


梨名「今なんて言った?」


璃果「なんでおめえら仲良う出来んか!?好みは違えど音楽が好きなもん同士やないん?もっと互いに歩み寄らんと!音を楽しむのが音楽やろっち!」


璃果の迫力に先程まで口喧嘩していた二人も黙り込んでしまった。


璃果「黙って見てるおめえたちもなんず?部長もうちらと一緒で普通の女の子だが?一人で全部背負うなんて無理やろうに!」


音楽室が静寂に包まれる。

我に返った璃果はやってしまったといった表情で顔を真っ赤にしてしゃがみこんだ。


璃果(やばい、やばい、やばい。どうしよう…私ったら転校生のくせに何調子乗ったこと言ってんの…しかも、方言バリバリに出ちゃったじゃん…うわー、最悪だ…私の高校生活終わった…)


頭の中を後悔が駆け巡る璃果だったが、そんな璃果を有美子が後ろから抱きしめた。


有美子「かっこよかったよ、璃果ちゃん」


璃果の頭を軽く撫でると、有美子は黒板に何かを書き始めた。


有美子「私から提案があるの」


そう言うと、有美子は黒板をバンッと叩いた。

黒板に書かれたのは『君の瞳に恋してない』という文字だった。


有美子「曲を変えよう」


その発言に部員たちはざわつき始める。


夏鈴「は?有美子、何言ってるのよ。あと3日しかないのに無理に決まってるでしょ」


夏鈴の怒りの矛先が有美子に向けられる。


有美子「こんな調子なら今のまま続けても成功しないでしょ。だったら、一度リセットした方が絶対に良い」


夏鈴「けど、私はその曲がどんな曲かも知らないのよ。みんなは知ってるの?」


頷いているのは数人でほとんどの部員は首を横に振っていた。


有美子「だったら、聴いてみればいい」


有美子は鞄からCDを取り出すと、プレイヤーにセットして再生ボタンを押した。

音楽室にUNISON SQUARE GARDENの軽快な音楽が鳴り響く。


夏鈴(なにこれ…!)


夏鈴にとって、その音楽は衝撃的だった。

先程までの怒りも忘れて、思わず聴き入っていた。

ざわついていた他の部員たちからも笑みがこぼれ、魅了されているようだった。


有美子「どうかな?これならみんな、音を楽しめるんじゃない?」


有美子は璃果にウインクをしてみせた。

バラバラだった部員たちだったが、この曲をやることに誰も反対しなかった。

音楽のせいで一度は壊れかけた関係を修復したのもまた音楽だった。

その様子を泣きながら見ていたさくらは、何かを決意した様子で涙を拭った。


さくら「佐藤さん、有美子ちゃん。ありがとう」


さくらの表情にはもう焦りや不安は無くなっていた。


さくら「さあ、みんな!練習するよ!」


一同「はいっ!!!」


こうして音楽室には楽しい音が鳴り響いたのだった。



続く。

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