第23話:まさか 偶然…

坂之上女子高等学校の最寄りである『櫻乃日(さくらのび)駅』の噴水前で弾き語りをしている生徒がいた。

軽音楽部の副部長である掛橋沙耶香だ。

毎日のように繰り広げられる夏鈴と梨名の口喧嘩に嫌気が差していた沙耶香は、合同練習を途中で抜けては弾き語りをするようになっていた。

演奏するのは父親の影響でよく聴いているロックバンドの曲が多いが、いつも最後に演奏する曲は決まっいた。

それは1年前に同じくこの噴水前で弾き語りをしていた2人組のオリジナル曲だった。

その曲と2人の歌声は沙耶香の心を捕らえて離さなかった。

沙耶香はその日まっすぐ家に帰ると、父親に頼み込んでアコースティックギターを買ってもらった。

そして、1年が経って自らも路上で弾き語りをするようになったのである。


沙耶香「次で最後の曲です。本日はどうもありがとうございました。それでは聴いてください。花ちゃんズで『まさか 偶然…』」


あの2人組は今どうしているのだろうかなどと考えながら、沙耶香はこの曲を歌い上げた。


??「掛橋さん…だよね?」


歌い終わった沙耶香に話しかけてきたのは、応援部の里奈だった。


沙耶香「松田さん?」


里奈「あ、私のこと知ってるの?」


沙耶香「そりゃあ、あなたは学校ではちょっとした有名人だからね。それで?松田さんが私になんの用かしら」


里奈「歌上手だね!掛橋さんはいつからここで弾き語りしてるの?」


沙耶香「今年の春からよ。誰かの曲をカバーしてるだけだけどね」


里奈「そうなんだ。偶然通りかかっただけだったから聴いたのは途中からだったんだけどさ、最後の曲ってもしかして花ちゃんズ?」


沙耶香「え?花ちゃんズ、知ってるの?」


里奈「う、うん。知ってるというか、なんというか…」


その時、里奈に電話が掛かってきた。


里奈「もしもし。あ、お姉ちゃん?うん、うん…分かった」


急用だったのか、里奈は沙耶香に謝る素振りを見せると電話をしながらその場から去っていった。


沙耶香(歯切れの悪い返事だったけど、なんだったんだろう?)


翌日。


夏鈴「はあ!?曲の間奏でメンバー紹介とソロ演奏させろですって?なんでそんなことしなきゃいけないのよ!」


梨名「そりゃあ、かっこいい演奏を見せつけたら、名前も覚えてもらえるし人気者になれるかもしれんやろ!」


夏鈴「そんな下らない理由で…絶対にダメ!」


梨名「おい、沙耶香も何か言い返したれや!うちらの見せ場が無くなってしまうで」


沙耶香「私はどっちでもいいから決まったら連絡して。じゃあね…」


梨名「ちょっ、沙耶香!って、夏鈴もどこいくねん!まだ話しは終わってないで」


夏鈴「付き合ってられないわ…」


さくら「ふ、二人とも、一回落ち着こう。ね?」


再び夏鈴と梨名の口喧嘩が始まると、沙耶香はため息を付きながら音楽室から出ていった。


沙耶香「お疲れ様~」


沙耶香はこの日も櫻乃日駅の噴水前で弾き語りを始めた。

足を止めて聴いてくれる客も少しずつではあるが増えてきていた。


沙耶香「最後に演奏させていただくのは、私が尊敬しているアーティスト。花ちゃんズの『まさか 偶然…』という曲です」


すると、観客に混ざって里奈が居ることに気がついた。

沙耶香と目が合うと、里奈は大きく手を振ってみせた。

沙耶香は軽く微笑むと、いつものように歌い始めた。


沙耶香『骨董通り曲がったら まさか偶然…』


??『君のコートによく似ていた 深緑と茶色のタータンチェック』


サビに入ったところで沙耶香の左耳から聞き覚えのある歌声とギターの音が聴こえてきた。

それも1人ではなく、2人分の歌声だった。

どういうわけか、1年前に沙耶香を釘付けにした花ちゃんズこと松田好花と富田鈴花が目の前にいたのだ。

あまりにも突然のことに、沙耶香は動揺を隠せず、涙がこみ上げてきた。

そんな沙耶香に向かって、2人は優しく頷いて歌を続けた。

沙耶香も涙を堪えながら、それに続くように歌った。


沙耶香『コートのシーズンが』


好花『終わってしまえば』


沙耶香『ハッとするような』


鈴花『記憶なんて』


3人『クローゼットの中』


歌い終わった3人に盛大な拍手が送られた。

沙耶香だけがまだ何が起きたのかを理解できずにいた。


沙耶香「夢見てるのかな…どうして、花ちゃんズが?」


好花「勝手に参加しちゃってごめんね。妹から何も聞いてない?」


沙耶香「妹さん?」


好花「そっか!花ちゃんズのときは『好花』と『鈴花』で活動してたから本名は知らないんだよね。改めまして、松田好花です」


沙耶香「え?松田って…え?」


好花「里奈の姉です」


すると、鈴花に連れてこられ、照れくさそうに里奈が沙耶香のところへやって来た。


里奈「ごめんね。余計なお世話かなとは思ったんだけど、昨日ついしゃべっちゃって」


鈴花「嬉しかったよ。私たちの曲をカバーしてくれる人がいるって知ったときは。しかも、同じ坂女の後輩ちゃんだったなんてね」


好花「高校を卒業してからはお互い忙しくてね。連絡は取り合ってたんだけど、花ちゃんズは実質活動休止状態だったんだ。だけど、沙耶香ちゃんの話を聞いたらじっとしていられなくて」


鈴花「久しぶりに合わせたよね。やっぱ、歌うのって楽しいわ!」


好花「どうせなら、これを機に活動再開しちゃう?」


鈴花「お、いいね~」


半ば置いてけぼり状態の沙耶香だったが、憧れの2人に会えたこと、2人が活動を再開しようと話していること、そのきっかけが自分であること、その全てが嬉しくて、気がつくとまた涙が溢れだしていた。


好花「ごめん、ごめん。勝手に盛り上がっちゃって。沙耶香ちゃんは歌うの好き?」


沙耶香「はい。もちろんです」


好花「その気持ちだけは無くさないでね。そうすれば沙耶香ちゃんの歌はきっとみんなの心に響くから」


沙耶香「はい!ありがとうございます!」


沙耶香はギターを抱えたまま深々とお辞儀をした。

そして、笑いながら帰っていく好花と鈴花の背中を見つめながら、自分も曲を作りたいと思うようになっていた。


沙耶香「いつまでも誰かの曲に頼ってばかりじゃ駄目なんだ。今度は私が『主人公』になるんだ」



続く。

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