第22話:不協和音

職員室で入部届を提出した璃果は少し待つようにと言われ、そわそわしながら立っていた。

すると、職員室に1人の生徒が入ってきた。


璃果(す、すごく可愛い…アイドルみたい)


璃果が見惚れていると、その生徒は璃果の方に向かって歩いてきた。


??「あの、先生。どうかしましたか?」


教師「おお、遠藤。すまんな、急に呼び出して。遠藤は吹奏楽部の部長だったよな」


職員室にやって来たのは吹奏楽部の部長である遠藤さくらだった。


さくら「はい。そうですけど」


教師「入部希望の佐藤だ。音楽室に案内してやってくれ」


さくら「入部希望…ですか?」


教師「佐藤は転校生なんだ。そういうことだからよろしく頼むな」


そう言うと、教師はさくらに璃果のことを任せて職員室を出ていった。


さくら「佐藤さん?遠藤さくらです。よろしくね」


璃果「あ、はい!佐藤璃果です。よろしくお願いします」


さくら「じゃあ、音楽室に案内するから付いてきて」


音楽室に向かう道中、何人かの生徒がさくらのことを指差して何かを話している様子が気になった。


璃果(これだけ可愛い方だもん。生徒たちからも注目の的なんだろうな)


さくら「佐藤さんは楽器経験者なの?」


璃果「はい。前の学校ではトランペットをやっていました」


さくら「そうなんだ。経験者だったら助かるよ。ちょっと、今は文化祭に向けての練習でみんなバタバタしてるから」


璃果「文化祭…もうそんな時期なんですね」


さくら「うちの文化祭では毎年大きなホールを貸し切って、吹奏楽部がオープニングを飾ることになってるの。だから、みんなコンクール並みに気合いも入ってるんだけど、今年はちょっと異例なことが起きて…」


璃果「異例なこと?」


さくらが続きを話そうとしたところで、2人は音楽室に到着した。

すると、中から言い争いをしているような大きな声が聞こえてきた。


??「うるさい!もっと音下げてって言ってるでしょ!」


??「はあ?そんなことしたらこっちが目立たんくなるやろ!」


??「全体のバランスがおかしくなるでしょ!もっと周りの音も聴きなさいよ!」


??「そっちがうちらに合わせたらええやん!そんなんじゃ、会場は盛り上がらんで!」


中の様子を察したさくらは深くため息をついた。


璃果「なんか、すごく揉めてますね」


さくら「そうなの。今年は新しいことをしようってことで吹奏楽部と軽音楽部が合同でステージに立つことになったんだけど。元々、そんなに交流もなかったから毎日のように喧嘩してて…」


さくらはもう一度、ため息をつくと音楽室の扉を開けた。


??「あ!さくちゃんだ!さくちゃ~ん!」


元気よくさくらの元に駆け寄ってきた小柄な生徒は、璃果の存在に気が付くと急にムッとした表情を浮かべた。


??「誰よ、その子」


さくら「美緒ちゃん、そんな顔しないの。この子は新入部員の佐藤璃果ちゃん。転校生なんだって」


美緒「ふ~ん。なら、いいけど。佐藤さんは1年生?悪いけど、さくちゃんに惚れて吹奏楽部に入部したのなら諦めてね。さくちゃんの彼女は私なんですからね~」


さくら「もう!誤解されるから変なこと言わないでよ。私たち、普通の友達でしょ」


美緒「え~。ショックなんだけど~」


そう言って、ふてくされているのは吹奏楽部の副部長である矢久保美緒だった。

美緒はさくらとは中学からの仲であるが、さくらのことが好きすぎるあまり、楽器未経験者でありながら吹奏楽部に入部した。

そして、さくらが部長に推薦されると、自ら副部長に立候補したのだった。


さくら「そんなことより、また揉めてるの?」


美緒「そうなのよ。また夏鈴と井上さんがね。あの2人はどっちかが折れるってことを知らないから」


美緒が言っている2人とは、吹奏楽部の藤吉夏鈴と軽音楽部の井上梨名のことだった。

2人は幼なじみなのだが、なぜか昔から口喧嘩が絶えず、今回の合同企画が決まってからというもの、毎日のように言い争いをしているのだった。


夏鈴「ああ、もう!だから、一緒になんてやりたくなかったのよ!」


梨名「はあ?それはこっちの台詞やわ!なんでうちらが吹奏楽部のために音を抑えなあかんねん!」


部員たちも最初は戸惑っていたが、こう毎日続くと見慣れた光景になってしまい、またかといった感じで軽く流すようになっていた。

しかし、さくらは部長としての責任もあるため、2人の喧嘩にはいつも悩まされていた。


さくら「とりあえず、2人を落ち着かせないと。美緒ちゃんも一緒に来て。佐藤さんは…えーと、あ!有美子ちゃん!お願いできるかな?」


さくらに呼ばれてやって来たのは同じく吹奏楽部の関有美子だった。


璃果(綺麗な人だなあ。お嬢様って感じ)


璃果の想像通り、有美子の父親はとある大企業の社長であり、有美子は坂女の理事長の娘である友香や野球部のマネージャーである茉莉とも交流があった。

そんな、見るからにお嬢様である有美子のことを親しみを込めて『会長』と呼ぶ声も多いが、本人はちゃんと名前で呼んで欲しいと思っている。


有美子「どうしたの?私は何をすればいい?」


さくら「佐藤さん、新入部員なんだけど、転校生だから何かと分からないことが多いと思うの。私はあの2人の喧嘩を止めてくるから、佐藤さんに部活のこと色々と教えてあげてもらえるかな」


有美子「うん、分かった。じゃあ、佐藤さん、こっちに来てくれるかな」


璃果「はい」


璃果は有美子に案内されるままに付いていった。


有美子「ごめんね、騒がしくて。最近はいつもこうなの」


璃果「どうして、あんなに揉めてるんですか?」


有美子「夏鈴がね、最初からあまり軽音楽部に良い印象を持っていないの。それに加えて部長の梨名ちゃんとも意見が合わないから余計にね。まだ一回もまともに通しで演奏出来ていないのよ」


璃果「文化祭って、いつなんですか?」


有美子「一週間後よ」


璃果「え?」


有美子「だから、本当は焦らなきゃいけないんだけどね。なかなか上手くいかなくて」


有美子も深くため息をついた。

すると、さくらたちが仲裁に入ったはずの2人がこれまで以上に揉め始めた。

どうやら、さくらたちから軽音楽部に合わせる形で練習を再開しないかと言われたことが気にさわったらしい。

夏鈴は自分自身の正義のために、yesと言うことも、首を縦に振ることもなく、嫌われてもいいといった覚悟で抵抗し続けた。


夏鈴「もう嫌だ!」


そして、ついに頭に血が上った夏鈴は楽譜を床に叩きつけて、音楽室を出ていってしまった。

慌ててさくらも後から追いかける形で音楽室から出ていった。

残された部員たちは渋々練習を再開したが、音楽室には不協和音が虚しく鳴り響いていた。



続く。

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