第20話:青春の馬
9回の表、1アウト1、2塁。
右肘にデッドボールを受けた陽世は思うように投球が決まらず、またしてもピンチを迎えていた。
陽世「もう無理だよ…」
一度は強がってみせた陽世だったが、さすがに心が折れてしまったようだった。
それはキャプテンの真佑や監督の久美、そして、他の部員たちにも伝わっていた。
そのことは応援していた生徒たちにまで伝染し、先程までの力強い応援とは一転、一気に諦めムードな空気へと変わってしまった。
しかし、マネージャーの茉莉だけは違っていた。
茉莉(なんとかして、この空気を変えないと!)
茉莉は勢いよくベンチから立ち上がると、応援部の所へ行き、深く頭を下げた。
茉莉「お願いです!みなさんの声をもっともっと聞かせてください!今、チームに必要なのはみなさんからの熱い声援なんです!お願いします!」
ひかる「分かりました。みんな、やるよ!」
全員「押忍!」
しかし、応援部もここまで全力で応援を続けてきたことで、疲れが出始めていることも確かだった。
茜(みんなの声と気持ちにばらつきが生まれ始めてる…なんとかしないと)
後ろから見守っていた茜が前に出ようとしたとき、誰かが肩を掴んで止めに入った。
茜「友香!」
友香「ここは私たちの出る幕じゃないよ」
全てを察した茜は大きく頷いた。
ひかる「みんな!もっと声出して!(駄目だ…声が揃わなくなってる)」
応援部の激励も陽世の耳には届いておらず、ついには1アウト満塁になってしまった。
ひかる(みんなの気持ちが切れかけてる…もうこれ以上は)
ひかるが諦めかけた、その時だった。
??「フレーーー!!!フレーーー!!!坂女っ!!!!」
応援席にいた全員がその大きな声に思わず振り返ると、そこに居たのは遥香と里奈だった。
茜「間に合ったのね」
ひかる「まつり!けど、どうして遥香が?」
里奈「みんな…私…ごめんなさい」
里奈はかすれた声で謝った。
遥香「今はそれどころじゃないでしょ。野球部がピンチなんだよ!みんなで応援しましょう。ひかる、いけるね?」
ひかる「う、うん!」
麗奈「私たちも気持ちを引き締めて頑張ろう!」
未来虹「うん!そうだね!」
遥香「フレーーー!!!フレーーー!!!坂女っ!!!」
全員「フレー!!フレー!!坂女っ!!!フレー!!フレー!!坂女っ!!!」
その声はこれまで以上に大きなもので、陽世の耳にもしっかりと届いていた。
陽世「そうだ。まだ試合は終わってなんかいないんだ」
陽世は痛みに耐えながら、渾身の力を振り絞ってボールを投げた。
しかし、球速が弱まっている陽世のストレートを相手のバッターが芯で捉える。
その打球は痛烈なライナーで三遊間に飛んでいった。
陽世は思わず地面に崩れ落ちる。
しかし、次の瞬間、聞こえてきたのは大きな歓声だった。
ショートを守っていた真佑が横っ飛びでボールを掴み、そのままゲッツーを取るというファインプレーをやってのけたのだ。
陽世「キャプテン…」
真佑「陽世、私はまだ諦めてないわよ。さあ、反撃といきましょう!」
陽世「はい!」
いよいよ、9回の裏。
真佑のファインプレーは会場の空気を一気に変えた。
応援はこれまで以上に熱が入り、感化された野球部員たちもそれに応えるように次々とヒットを繰り出していく。
そこに相手のミスも加わり、1点を返すことに成功した坂女は、2アウト2、3塁で4番バッターの真佑に打順が回る。
麗奈「もしかして、逆転できちゃうかも!?」
未来虹「ひかるさん!あれ、やりましゃうよ!応援歌!」
ひかる「そうね。まつり!まつりもこっちに来て!一緒に応援するわよ!」
里奈「え?で、でも…」
ひかる「いいから!声が出せなくてもいいの!大事なのは気持ちでしょ!私たちの想いを届けるの!」
ひかるの真剣な表情に、里奈は静かに頷いた。
ひかる「坂女!いくぞーーー!!!」
全員「押忍っ!!!!」
ひかる「応援歌!始めっ!!!」
"君はどんな夢見てるか?何も語らずに"
"どんな辛い坂道さえ"
"全力で(立ち止まることなく)走ってく"
"青春の馬"
応援席から聴こえてくる応援歌が真佑に力を与えてくれる。
真佑は全力でバットを振った。
バットはボールの芯を捉えると、左中間へ飛んでいった。
3塁ランナーはホームに帰り同点。
さらに、2塁ランナーもホームに向かって全力で走る。
陽世「いけーーーーーっ!!!!」
外野からボールが送球されるが、審判は両手を大きく左右に広げて見せた。
2-3、坂女のサヨナラ逆転勝利が決まった瞬間だった。
2塁まで来ていた真佑は両手を高らかに掲げてガッツポーズをした。
陽世と茉莉は飛び跳ねながら大喜びで抱き締め合った。
そして、応援席では多くの生徒が泪を流しながら精一杯の拍手をしていた。
久美(おめでとう。かっこよかったよ、あんたたち)
久美は涙が溢れるのを我慢していることを悟られないように帽子を深く被り直した。
ひかる「勝った…勝ったよ、里奈!」
里奈「うん…うん…」
2人は号泣したままその場から動くことなく立ち尽くしていた。
すると、そんな2人を応援部の全員が抱き締めにやって来た。
誰一人、里奈のことを責める者は居なかった。
茜「麗奈。ちょっといい?」
麗奈「あ、お姉ちゃん!今日はありがとう。私たちのために」
茜「麗奈が応援部に入るなんて言い出したときは嵐でも来るのかと思ったけど。よく頑張ったね。麗奈の想い、しっかり届いてたよ」
茜は額に巻いていたハチマキを外すと、それを麗奈に手渡した。
麗奈「お姉ちゃん?」
茜「これ、麗奈にあげる。元応援団長のハチマキよ。どう?誇らしいでしょ」
麗奈「ふふふ。ありがとう、"伝説"の団長さん」
応援部の部員たちが思い思いの喜びを分かち合っている様子を見ていた遥香は静かにその場を立ち去ろうとした。
里奈「遥香。今日は本当にありがとう。遥香が来てくれなかったら、私は一生後悔してたと思う」
遥香「お礼なんていいわよ。生徒たちのために動くのが副会長としての務めなんだから」
ひかる「まったく。本当に素直じゃないんだから」
遥香「うるさいわね。じゃあ、私は生徒会長に挨拶してから帰るから。あなたたち、道草しないで帰りなさいよ」
里奈「応援部に入らない?」
里奈は今出せる精一杯の声で言った。
遥香「駄目よ。応援部の活動を誰よりも反対していた私が入部するなんて。迷惑でしかないじゃない」
里奈「迷惑かどうかは遥香が決めることじゃないでしょ」
それは遥香が里奈に送った言葉だった。
ひかる「応援してるときの遥香、かっこよかった。また一緒にやろうよ!」
未来虹「迷惑だなんて思ってる部員は一人もいませんよ」
玲「そうですよ。まあ、里奈さんのことは渡しませんけどね」
麗奈「私たちと一緒に全校生徒を応援しませんか?」
遥香「みんな…こんな私でも良いなら、よろしくお願いします!」
全員「押忍!!!」
数日後。
応援団のことを十分に理解したおもろい部の5人は今までで一番おもろいコントが出来たと言って応援部を退部した。
遥香を含め6人となった応援部は里奈の声が少しずつ回復してはいるものの、まだ本調子ではないため、ひかるを中心として今日も屋上から生徒たちのエールを送っている。
麗奈「フレー!フレー!坂女!!!」
~第一部:応援部編 完~
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