第19話:君に叱られた

カーテンの隙間から辛うじて日の光が漏れているだけの真っ暗な部屋の中で、里奈は布団にくるまって泣いていた。

インターフォンが鳴っていたが、誰にも会いたくはなかった里奈は聞こえない振りをした。

すると、里奈の携帯電話にメッセージが届いた。


遥香『居るんでしょ?』


里奈「え?遥香?どうして…」


里奈が返信するのをためらっていると、再び遥香からメッセージが届いた。


遥香『今ならまだ間に合う。みんなと一緒に野球部を応援するわよ』


里奈は震える指でゆっくりと文字を打っていった。


里奈『行けないよ。行ったって迷惑なだけだから』


遥香『迷惑かどうかは里奈が決めることじゃないでしょ』


里奈『声の出せない応援部なんて存在価値ないの!放っておいて!』


里奈は自暴自棄になっているようだった。


遥香『いいかげんにしなさい!放っておけるわけないじゃない!声が出ないのなら、私が里奈の声になってあげるわよ!』


すると、里奈の部屋の外から大きな声が聞こえてきた。

里奈はゆっくりとカーテンを開いて外の様子を伺った。


遥香「フレー!フレー!里奈!」


里奈の目には自分のことを応援している遥香の姿が映った。

その姿は一年前の遥香そのものだった。


遥香「フレー!フレー!里奈!」


遥香の声がさらに大きくなる。

それを見て、里奈は慌てて部屋から飛び出し、玄関の扉を開けた。


里奈「近所迷惑になるから…止めて…」


その声はかすれていてほとんど聞き取れない状態だった。


遥香「ずっと後悔してた。あのとき、どうして私も野球部に抗議しに行かなかったんだろうって。どうして里奈と一緒に応援団の解散を止めなかったんだろうって」


里奈「遥香…」


遥香「そんな弱い自分が嫌いだった。だから、強くなろうって思った。里奈にあんな辛い思いは二度としてほしくなかった。だから、応援部をやるって言い出したときは、私が止めないとって」


遥香の目から一粒の涙がこぼれ落ちた。


遥香「だけど、里奈は諦めなかった。間違っていたのは私だった。本当はみんなと一緒に応援したいんでしょ?たとえ声が出なくても、想いを届けたいんでしょ?」


里奈の目からも一粒の涙がこぼれ落ちた。


里奈「う、うん…」


真っ赤な目を擦りながら、里奈は何度も頷いた。

その様子を静かに見守っていた友香がリムジンの窓を開けて顔を覗かせた。


友香「ほら、乗って!今ならまだ間に合うよ」


里奈と遥香は急いでリムジンに乗り込んだ。


里奈「遥香…ありがとう…」


里奈はかすれた声で話し始めた。


里奈「本当は消えてなくなりたかった。だけど、遥香はそんな私を叱って救いだしてくれた。誰かを応援することは大事なことだけど、誰かのために怒れるって凄いことだよ」


遥香「私は里奈みたいに優しくは出来ないし、里奈も私みたいに怒ったりはしない。お互い足りないところがあるんだよ。だから、足りないところは埋め合うの。ジグソーパズルみたいにね」


里奈「パズルが完成するの、時間掛かっちゃったね」


遥香「ずっと素直になれなくてごめん」


里奈「うんうん。これからも私が道を間違えたら叱ってよ。遥香の言うことなら素直に聞けるから」


2人はそっと手と手を握り合った。

リムジンの窓からは優しい風が吹き込んでいた。


一方、その頃。

試合会場では野球部がピンチを迎えていた。

7回の裏の攻撃が終った時点で0-2と相手チームにリードを許してしまっていたのだ。

さらに、8回の表になると、ピッチャーの陽世に疲れが見え始める。

あっという間にノーアウト1、3塁となってしまい、さらに追加点を取られかねない状況に陥ってしまった。

たまらず監督の久美はタイムを要求する。


久美「陽世。まだ1年生なのにここまでよく頑張ってくれたわ。交代しましょう」


しかし、陽世は首を横に振った。


陽世「まだ投げられます。お願いです、やらせてください!」


陽世は真っ直ぐな目で久美に訴えかけた。

その目を見て、久美は首を縦に振った。


久美「分かったわ。陽世を信じる。その代わり、何がなんでもこの回は守り抜きなさい」


陽世「はい!」


久美がベンチへと戻ると、陽世は目を閉じて大きく深呼吸をした。

その時、ある言葉が陽世の脳裏に浮かんだ。


『明日は明日の風が吹く』


それは陽世に野球を教えてくれたラミちゃんと名乗る人物の言葉だった。

坂女に入学する前、陽世が公園で投球練習をしていると、偶然通りかかったラミちゃんが話しかけてきたのだ。

ラミちゃんは体の大きな外国人だったため、最初は陽世も警戒したが、拙い日本語で一生懸命に野球を教えようとする姿にいつの間にか警戒心も取れ、それから何度か野球を教わるようになっていた。

後から調べてみると、ラミちゃんはかつてプロ野球で活躍していた選手であることが分かったのだが、それ以来、陽世の前に姿を現すことはなかった。

そんなラミちゃんの残した言葉は、いつだって陽世の支えになっていた。


陽世「明日は明日の風が吹く」


落ち着きを取り戻した陽世は、この後、三者連続三振を奪い取ることに成功した。

しかし、試合は依然として相手にリードを許したままである。

そして、事態はさらに悪い方へと向かっていった。


審判「デッドボール!!!」


相手のピッチャーが投げた暴投が、打席に立つ陽世の右肘に当たってしまったのだ。

心配する部員や久美たちに大丈夫だとアピールしながら1塁へと向かう陽世だったが、実際はかなりの痛みが生じていた。

そして、続く打者が次々に打ち取られると、無得点のまま8回の裏の攻撃も終わってしまったのだった。


陽世(ラミちゃん先生…助けてください)



続く。

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