第16話:孤独な青空

行き先の分からないバスは美佑を乗せたまま暗闇の中をただ真っ直ぐに走っていた。

美佑の脳裏には先程の麗奈と未来虹の驚いた顔が焼き付いて離れなかった。

なぜ、あんなことを言ってしまったのだろうか。

おそらくはこれが嫉妬という感情なのだろう。

思ったことは包み隠さずストレートに言う性格の美佑だったが、そんな美佑自信でさえ気づいていなかった感情が爆発してしまったのだ。

美佑はこのまま暗闇に溶けて消えてしまいたいと思った。

すると、バスが突然停車した。

美佑は窓から外の様子を伺ったが、そこは変わらず暗闇だった。

しかし、しばらくすると暗闇を照らす一点の光が差し込んだ。

光の先では女の子が2人、手を繋いで遊んでいた。

それは幼い頃の美佑と未来虹だった。


美佑(バレエ教室に通っていた頃の私たちだ。懐かしいな)


そこにまた1人、女の子がやって来た。

女の子は2人とは離れた場所で1人遊びをしていた。


美佑(あ、麗奈だ…)


美佑の脳裏には先程の麗奈の驚いた顔が浮かんだ。

ぎゅっと胸が締め付けられる思いだった。


美佑(ずっと2人だったのに、そこに麗奈が突然現れて。気がつくと3人で一緒にいることが多くなった。けど、未来虹は麗奈のことばっかり気にしてた。それが、寂しくて。未来虹があのとき麗奈を誘わなければ…私は…)


しかし、次の瞬間、美佑は自分が大きな勘違いをしていることを知る。

1人で遊んでいた麗奈に手を差し伸べたのは美佑だったのだ。

その日から麗奈は美佑になついて離れなかった。

その関係は中学生になっても変わらず、3人で居ることが当たり前になっていた。

けれど、高校生になると麗奈が応援部に入ると言い出した。

それは麗奈が初めて自立した瞬間でもあった。


美佑(そうか。私は麗奈に未来虹を取られたことに嫉妬していた訳じゃなかったんだ。だって、未来虹はいつだって私を頼りにしてくれているもの。私は麗奈が自立して大人になっていくのが寂しかったのかもしれない。2人に依存していたのは私の方だわ)


そんなことを考えていた美佑に向かって、夢の中の麗奈が声を張り上げる。 


麗奈「フレー!フレー!みゅうちゃん!」


ここで美佑は目を覚ました。

ゆっくりと目を開けると、目の前には美佑のことを心配そうに見守る柚菜がいた。


美佑「柚菜さん…」


柚菜「気分はどう?風邪引いてるんだってね。ごめんなさい。気づいてあげられなくて」


美佑「いえ、私の方こそすみませんでした。柚菜さんにも、チア部のみんなにもご迷惑を掛けてしまいました」


柚菜「謝る相手が違うんじゃない?」


美佑「そうですね。私の身勝手な考えで応援部のみなさんには酷いことを言ってしまいました」


柚菜「まずはしっかり休むこと。元気になったら戻ってきなさい。謝るのはそれからでも遅くはないから」


美佑「私、怖いです。どんな顔して会えばいいのか。きっと許してはもらえないと思います。絶交されても文句は言えません。それだけのことを私はしたんですから」


柚菜「これを見てもそんなことが言える?」


そう言うと、柚菜は閉ざされていた保健室のカーテンを開けた。

窓から見えたのはグラウンドで練習をしている応援部だった。


麗奈「フレー!フレー!坂女!」


未来虹「フレー!フレー!坂女!」


里奈「声が小さい!そんなんじゃ、勝てる試合も勝てないよ!はい、もう一回!」


麗奈「フレー!!フレー!!坂女!!!」


未来虹「フレー!!フレー!!坂女!!!」


里奈「良くなってきたよ!もう一回いこう!」


遠くからでもその気迫が伝わったのか、美佑の目からは自然に涙がこぼれ落ちた。


柚菜「2人とも怒ってなんかなかったよ。最初は言葉にならないくらい驚いてショックを受けてはいたけど、すぐ美佑ちゃんのことを心配していたわ。それとね、絶対に美佑ちゃんに応援部のことを認めてもらうんだって言ってた。だから、あんなにも必死で練習してるんだよ」


美佑(ごめんなさい…ごめんなさい…)


美佑は心の中で何度も何度も謝りながら、大きな声で泣いた。

そんな美佑を柚菜は強く、そして、優しく抱きしめた。


数日後。


すっかり風邪も治り、元気を取り戻した美佑はいつも通りの時間にバス停でバスを待っていた。

すると、そこに麗奈と未来虹が現れた。


麗奈「みゅうちゃん…おはよう」


美佑「お、おはよう…」


未来虹「・・・」


美佑「・・・」


麗奈「えーと、」


美佑「ごめんなさい!」


麗奈「みゅうちゃん…そんな、私の方こそ、」


美佑「麗奈は悪くないの!悪いのは私!私が勝手に寂しくなって変なこと言っちゃっただけだから!だから、その…私にこんなこと言う資格なんてないんだけど…2人と一緒に居させてください!2人のことが大好きだから!」


美佑は肩を震わせながら、必死に涙が溢れるのを堪えていた。


麗奈が美佑の肩に手を置こうとしたときだった。

未来虹は何も言わず、しかめっ面で美佑の横を通り過ぎてバスに乗り込もうとした。


麗奈「未来虹ちゃん!」


美佑(そうだよね…許してもらえるわけないよね)


美佑の頬に一粒の涙が流れた。

すると、未来虹の足がピタリと止まった。


未来虹「美佑」


未来虹は振り返らずに美佑の名前を呼んだ。


未来虹「帰りにクレープ食べに行くよ」


美佑「え?」


未来虹「あんたのおごりでね」


振り返った未来虹は満面の笑みを浮かべていた。

それを見た瞬間、美佑の目から堪えていた涙が溢れ出てしまった。


未来虹「返事は?」


美佑「うん!」


美佑は未来虹に続いてバスに乗り込んだ。

そして、後を追うように麗奈もバスに乗り込むと、勢いよく2人に抱きついた。

美佑はもう二度とバスには乗り遅れないと心に決めたのだった。



続く。

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