第14話:太陽ノック

土曜日の朝、快晴。

野球部員たちとは初の顔合わせとなる久美は簡単に挨拶を済ませると、部員たちの実力を測るため一人一人にノックを始めた。

ピッチング練習をしながらその様子を見ていた陽世は手招きで茉莉を呼び出した。


陽世「あの人だよね?お嬢様の紹介で来た人って」


茉莉「そうだと思う。私も直接会ったわけじゃないけど」


陽世「すごく綺麗な人だよね」


茉莉「モデルだって言われても信じちゃうよね」


久美の容姿に見惚れていた2人だったが、ふと視線を遠くの方に向けるとグラウンドに近づく5人の生徒がいることに気がついた。


陽世「なんだろう?あれ…学ラン?」


茉莉「応援部!応援部だよ!うちのクラスの未来虹ちゃんもいるし」


陽世「あ、本当だ」


茉莉は未来虹に向かって大きく手を振った。

未来虹は少し照れくさそうに小さく手を振り返した。


未来虹「里奈さん、やっぱりいきなり学ランはやりすぎだったんじゃ…」


里奈「ソンナコトナイヨ!こういうのは最初が肝心なんだから。みんな!気合い入れていこう!」


全員「押忍!」


里奈は額に巻いたハチマキを締め直した。


陽世「何をするつもりなんだろう?」


5人の姿を見て久美はニヤリと微笑んだ。

そして、ノックをする手により一層の力が入った。


久美「いけんのかー!」


高く打ち上げられたボールは眩しすぎる太陽に吸い込まれていった。

そして、部員たちに向けられた久美の喝は応援部の心にも火を点けた。


里奈「今からー!野球部の応援をー!始めたいと思うー!全員、構え!!!」


里奈の掛け声で応援部は一斉に手を後ろに組んだ。


真佑「・・・?」


里奈はゆっくりと大きく深呼吸をした。


里奈「フレー!フレー!坂女!」


5人「フレ!フレ!坂女!フレ!フレ!坂女!」


応援部の力の入った激励に野球部員たち全員が注目していた。


久美「ほら、みんな!余所見してる場合じゃないよ!この応援に負けないくらい気合い入れてボールに食らいつきな!」


久美のノックはさらに勢いを増していった。

それはピッチング練習をしていた陽世たちも同様で、陽世はこの時、自信最速の球速を叩き出したのだった。


一通りノックが終わり、休憩に入ると、久美が応援部の元にやって来た。


久美「あんたたちの応援、すごく良かったよ!学ラン姿も様になってるじゃん」


久美に褒められて照れくさそうにする里奈だったが、真佑がこちらに近づいて来ていることに気づくと一瞬で緊張した顔つきになった。


真佑「監督、これはどういうことですか?」


久美「どういうことって、見たまんまだよ。野球部を応援するために来てくれたの」


真佑「けど、応援団は解散したはずじゃ…」


里奈「応援団は解散したよ。けど、どうしても諦めきれなくて私が作ったの。応援部を」


真佑「応援部?」


里奈「ごめんなさい!去年は私たちの力不足で野球部に迷惑をかけてしまって。けど、今度こそ応援のせいで負けたなんて言われないように、私たちも全力でぶつかるから!お願いします!私たちに野球部を応援させてください!」


里奈はハチマキを取ると深々と頭を下げた。

それを見ていた麗奈たちも後に続いた。


真佑「良かった…」


里奈「え?」


真佑「ずっと気になっていたから。応援団のこと。私たちの方こそ本当にごめんなさい!あの時の先輩たちの言動はスポーツマンとして恥ずべき行為です。私も一緒に隣で応援していたから分かります。応援団の方たちの応援は本当に素晴らしかった」


そう言うと真佑も深々と頭を下げた。

その目からは大粒の涙が溢れ出ていた。


真佑「あ、ごめんなさい。もう私たちのことを応援してくれる人なんて誰もいないと思っていたから…嬉しくて…」


その様子を黙って見ていた久美は真佑の震える肩をガシッと掴んだ。


久美「よく言えた。偉いぞ、キャプテン。ということだから、応援部の諸君。野球部の応援、よろしくお願いします」


久美を筆頭に野球部員たち全員が次々と頭を下げた。

噂話に悩まされていた陽世もほっとした様子だった。


未来虹「1つ目の壁はクリアしたみたいだね」


麗奈「うん。次は…チアリーディング部だよね」


真佑「あなたたち、チア部のところにも行くの?」


里奈「うん。柚菜ちゃんはきっと応援団のこと、いや、私のことを恨んでると思うから。あの時、私が柚菜ちゃんを連れていかなければ怪我することもなかった。だから、もう一度ちゃんと謝って一緒に野球部の応援をしてもらえるように頼もうと思って」


真佑「あの怪我は…あれは私が悪いんだから、松田さんが謝る必要はないよ。それに、柚菜ちゃんは応援団のことも松田さんのことも恨んだりしてないよ」


里奈「え?」


柚菜が怪我をした日、真佑は病院で何度も何度も柚菜に謝った。

しかし、柚菜は勝手にグラウンドに入った自分の責任だからと、逆に真佑に謝ったのだ。

それでも引かずに謝り続ける真佑に柚菜はある約束を持ちかけた。


柚菜「野球部を今よりもっと強くして。今度こそは全国大会に連れて行ってよ。来年もまた、私たちが全力で応援するから」


真佑「柚菜ちゃん…分かった。約束する」


こうして真佑と柚菜の間にはわだかまりも生まれず、その代わりに2人だけの大切な約束が出来たのだった。


里奈「そんな約束を…」


真佑「柚菜ちゃんは言ってた。怪我は自己責任だから、私や松田さんが責任を感じる必要はないって。松田さんとも落ち着いたらきちんと話をするつもりだったみたいだよ」


里奈「知らなかった。教えてくれてありがとう」


里奈は緊張から解き放たれたのか、安堵の表情を浮かべると、真佑と和解の握手を交わしたのだった。

その様子を温かく見守っていた一同だったが、ひかるが周囲を見渡しながらスッと手を上げた。


ひかる「そう言えば、ずっと気になっていたことがあるんだけど…」


真佑「ん?」


ひかる「3年生は今日は休みなの?私たちが野球部を応援するなら、事の発端でもある先輩たちを納得させなくてもいいのかなって」


里奈「確かに…この場には去年の試合に出ていた先輩たちが1人も居ないもんね。3年生はどうしたの?」


真佑「あー、先輩たちは全員辞めたよ」


ひかる「え?」


真佑の顔はなぜかとても嬉しそうだった。


真佑「そもそも応援が気になって試合に集中出来ないなんて生ぬるいこと言っちゃうくらいですから。私がキャプテンに選ばれてからちょーっとだけ練習を厳しくしたんです。そしたらなぜか先輩たち全員辞めちゃって。不思議ですよね~」


ひかる「そ、そうなんだ…ははは」


久美「な、なんかうちのキャプテン、腹黒くない?ちょっと怖いんだけど…」


真佑「なんてこと言うんですか、監督~。怖くなんかないですよ♪そんなことより練習しましょ?」


真佑は笑いながら久美の背中を何度もバシバシと叩いた。


久美「痛たたた。まあ、とにかく丸く収まったみたいで良かったってことかな?ははは…じゃあ、休憩も十分取ったことだし練習再開といきますか!みんな、いけんのかー!?」


全員「おーーーー!!!!!」


久美の掛け声でノックが再開された。

流れ出す汗の分だけ、その夢がかたちになる。

野球部との夏が始まった。



続く。

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