第9話:Footsteps
屋上に威勢の良い声が飛び交う。
麗奈たちが応援部の練習をしている声だ。
里奈「もっとお腹に力を入れてー!せーの!フレー!フレー!坂女!」
麗奈「フ、フレ~。フレ~」
里奈が応援のやり方を熱心に指導している中、麗奈は集中することが出来ず気が散っていた。
先ほどから誰かに見られているような感覚があるからだ。
そして、それは決して思い過ごしではなかった。
里奈「こら!麗奈ちゃん、どうしたの?気合いが足りないんじゃない?」
里奈が麗奈の頭を軽くコツンと小突いた。
麗奈「す、すみません。けど、あれ…」
里奈「げっ…」
麗奈が指差す方向を見ると里奈は顔をしかめた。
視線の先に居たのは玲だった。
里奈の言葉に心を掴まれ、好意を抱くようになった玲は毎日のように隠れて練習を覗いていたのだ。
里奈「玲ちゃん、そこで何してるのかな?」
玲「里奈さん…気づいてくれたんですね。嬉しいです。私のことはお気になさらず、練習を続けてください」
里奈を見つめる玲の表情はすっかり恋する乙女になっていた。
里奈「気にするなって言われても…気になって練習に集中出来ないのよ~!」
玲「じゃあ、あの方は良いんですか?」
そう言うと、玲は自分とは真逆の方向を指差した。
里奈「え、るんちゃん!?」
ひかる「クェェ!?」
里奈たちに見つかってしまったひかるは謎の奇声を上げ、ひどく慌てた様子だった。
ひかる「あれー?おかしいな。私、いつの間にか屋上に居たんですけども」
里奈「るんちゃん?」
ひかる「風がとてと気持ちいいんですけども」
里奈「ねえ、るんちゃんってば。こんなところで何してるの?もしかして…」
ひかる「ごめん…私、これからバイトだから!」
里奈の言葉を遮るように、ひかるはさらに慌てた様子でその場を立ち去っていった。
里奈「どうしちゃったんだろう」
玲「これは強力なライバルの登場かもしれませんね」
玲は何かを察したのか、うんうんと頷いていた。
麗奈と未来虹は突然のことについていけず少々戸惑っていた。
麗奈「里奈先輩、今の人って」
里奈「るんちゃんもね、元応援団なの」
ひかるが屋上に居たことに動揺した里奈はうっかり口を滑らせてしまい、しまったという表情を浮かべた。
麗奈「応援団ってこの学校には無かったはずじゃ」
未来虹「それに、るんちゃん"も"ってどういうことですか?」
里奈は焦った様子で目が泳いでいた。
里奈「ごめん!急用を思い出しちゃったから今日の練習はここまでにしよっか」
そう言うと、里奈は急いで荷物を抱えてどこかへ走り去っていった。
麗奈「なんか私たち、地雷踏んじゃったのかな」
未来虹「かもしれないね。あー、もう!あと2人部員を集めないと正式に部として認められないって言うから作戦会議とかしたかったのに~」
麗奈と未来虹は頭を抱えた。
玲「どういうこと?応援部って正式な部活じゃないの?」
麗奈「応援部って元々は里奈さんが勝手に立ち上げた部活なの。部として生徒会に認めてもらうためには最低でも5人の部員が必要なんだって。私たちを入れてまだ3人しかいないから、あと2人必要なんだ」
未来虹「大抵の人はもう何かしら部活に入ってるからね。2人探すだけでも大変なんだよ」
それを聞いた玲は真面目な顔で少し考え込んだ。
玲「それ、なんとかなるかもしれないよ」
麗奈「え?」
玲「明日まで待ってもらえないかな?私が入部希望者を2人連れてくるから」
未来虹「誰か当てがあるの?助かる~」
玲はなんだか嬉しそうだった。
こうして麗奈たちは明日を待つことにした。
翌日。
玲は早朝から校門に立ち、誰かが登校してくるのを待っていた。
すると、校門の前に停車したバスからひかるが降りてきた。
玲「森田先輩…ですよね?」
いきなり声を掛けられ、ひかるは驚いた様子だった。
ひかる「そ、そうだけど…あなた、誰?」
玲「1年の大園玲です。先輩って、里奈さんのこと好きなんですか?」
ひかる「なっ…」
予想だにしていなかった言葉にひかるは戸惑い頬を赤らめた。
玲「隠したって無駄です。昨日、屋上で里奈さんのこと覗いてましたよね?」
ひかる「あ!あなた、あのとき屋上に居た…」
ひかるはばつの悪そうな顔をした。
玲「知ってますか?里奈さんが立ち上げた応援部って非公認の部活なんです。正式に部として認められるためには、あと2人部員が必要らしいですよ」
ひかる「知ってるわよ、そんなことくらい」
玲「私、応援部に入ろうと思います」
ひかる「え?」
玲「私、声も小さいし、誰かを応援するなんてこれまでやったこともないし、正直やりたいわけではないですけど。それで、里奈さんが喜んでくれるなら…」
ひかる「応援をなめないで!」
玲の言葉がひかるの逆鱗に触れた。
ひかる「何も知らないくせに、軽はずみな気持ちで応援部に関わらないで!」
ひかるの怒号に物怖じすることなく、玲は話を続けた。
玲「里奈さんと先輩って、応援団の仲間だったんですよね。けど、この学校に応援団はありません」
ひかる「…」
玲「応援団に何があったのかは知りません。興味もないです。私が興味あるのは今の…応援部の里奈さんなので」
ひかる「もう…勝手にしたらいいじゃない」
玲「そうはいきません。私が入部したところで、まだ部員は4人ですから」
ひかる「だから、それがどうしたのよ」
玲「先輩も応援部に入ってください」
ひかる「え?」
玲「未練があるんですよね?さっき、私がやりたくもないけど応援部に入るっていったら、本気で怒っていました。また、里奈さんと一緒に応援がしたいんじゃないですか?」
ひかる「そ、そんなわけないじゃない…」
玲「じゃあ、どうして屋上に居たんですか?最初は先輩も里奈さんのことが好きなんだって思ってました。恋のライバルだって。けど、さっきの表情を見てはっきりしました。先輩は応援することが好きなんです」
ひかる「やめて…やめてよ…」
核心を突かれたのか、ひかるの声は震えていた。
玲「本当は里奈さんと一緒に応援部の活動がしたいのに踏み出せない何かがあった。けど、里奈さんを独りにはしたくないから、そばでこっそり見守っていたんじゃないですか?」
ひかる「違う…私は…」
その場から逃げ出そうとするひかるの行く手を塞いだ玲は深々と頭を下げた。
玲「お願いします!里奈さんの力になってあげてください!ひかるさんじゃないとダメなんです!」
ひかる「大園さん…」
声が小さいと言っていた玲が発した精一杯の大声に、ひかるの気持ちは揺らぎつつあった。
しかし、他の生徒たちが次々と登校し始めたため、ひかるは慌てた様子で校舎に向かい走り去っていった。
放課後。
ひかるを説得出来ず、落ち込んだ様子の玲は『応援部』と書かれた入部届を手に屋上へとやってきた。
すると、里奈、麗奈、未来虹の他にもう1人誰かが居ることに気がついた。
玲「あっ!」
ひかる「遅かったじゃない。大園さん」
玲「森田先輩…」
ひかるも『応援部』と書かれた入部届を持っていた。
玲の思いはひかるに届いていたのだ。
里奈「玲ちゃんがるんちゃんを誘ってくれたんでしょ?ありがとう!」
里奈は勢いよく玲に抱きついた。
玲は顔を真っ赤にして呆然と立ち尽くしていた。
里奈「やっと5人揃ったね!よーし!今日は特に元気な声で練習するよー!」
里奈の背中を見つめる玲の肩をひかるがポンッと叩いた。
ひかる「ありがとう。一歩踏み出す勇気をくれて」
里奈の元に駆け寄ろうとしたひかるは立ち止まり、玲に向かって振り返った。
ひかる「私が好きなのは応援だけじゃないかもよ」
玲「え?」
再び走り出したひかるは、後ろから思いっきり里奈のことを抱き締めると、玲に向かって舌をペロッと出して見せた。
玲「ちょっと、ひかるさーん!」
こうして応援部は正式に部として認められるための最低条件である5人の部員を確保したのだった。
続く。
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