第6話:革命の馬
瑠奈「退部します」
林瑠奈はそう言い放つと入部届を破り捨てた。
そして、お笑い研究部の部室を出ると深くため息をついた。
瑠奈「しょうもない」
瑠奈はお笑い研究部で好きなお笑い芸人について語り合ったり、本気の漫才やコントがやりたかった。
しかし、坂女のお笑い研究部は瑠奈の思い描いていたものとは全く違っていた。
部員たちはどの芸人がかっこいいとか、芸人のほとんど出ていなバラエティ番組の話など、雑談レベルの内容の薄いおしゃべりをしている形だけの部活動だった。
そもそも漫才やコントをやったことなど一度もないという。
そんなお笑い研究部とは名ばかりのところに入部しても1ミリの得もないと判断した瑠奈は、入部してわずか30分で退部したのだった。
瑠奈「(増本綺良…ホームルームが終わった途端、教室を飛び出したって聞いたけど、どこにおるんや?)」
校内をぶらつきながら瑠奈は綺良のことを考えていた。
すると、偶然にも目の前に校内を探検していた綺良が姿を現したのだった。
瑠奈「増本綺良、私とおもろいことやらへんか?」
声を掛けられた綺良は不思議そうな表情で瑠奈を見た。
綺良「誰ですか?いきなり失礼ですよ」
瑠奈「あー、すまん、すまん。負けるな、しょげるな、林瑠奈、今日も一日頑張るな!どうぞ、よろしく」
綺良「負けるな、しょげるな、林瑠奈、今日も一日頑張るなさんって言うんですね。どこまでが名字でどこからが名前ですか?」
瑠奈「いやいや、これは私が考えた自己紹介の挨拶やから。寿限無やないねんから」
綺良「はやし、るな。はや、しるな?どこまでが名字でどこからが名前ですか?」
瑠奈「どう考えても林が名字で瑠奈が名前やろ!やっぱ変やな、自分。私の目に狂いはなかったみたいや。そんな、あんたに相談があんねんけど…」
瑠奈が言い終わる前に綺良は首を横に振った。
瑠奈「まだ何も言うてへんやん」
綺良「『どろかつ』です」
瑠奈「は?」
綺良「私は『増本綺良』でも『あんた』でもありません。私の名前は『どろかつ』です」
瑠奈「なに言うてんの?」
綺良「笑うことを草生えるって言うじゃないですか。私は草より土の方が好きなんで、土が泥になって。前髪がカツラみたいに動くんで、泥とカツラで泥カツラ。だから、『どろかつ』です」
瑠奈「なるほど、分からん」
綺良「通り名みたいなもんですよ。嫌やったら『きらたん』とか『きらりん』でも良いですよ」
瑠奈「それは恥ずいから遠慮するわ」
綺良「で、相談って何ですか?」
瑠奈「そや、本題を見失うところやったわ。あんた、私と漫才やらへんか?」
瑠奈は綺良とお笑いコンビが組みたかったのだ。
綺良「お断りします。私、漫才とかよく分からないんで」
瑠奈「即答かい。けど、さっき入学式で一発ギャグやってたやん」
綺良「あれは入学式で目立つことしたらおもろいかなと思って、咄嗟に思い付いただけですよ。別に一発ギャグじゃなくても、歌でもなんでも良かったんです」
瑠奈「けど、私以外誰も笑ってなかったで」
綺良「なんでなんでしょうね。あれは不思議でした。絶対いけると思ったんですけど」
瑠奈「なんでか分からんか?それはな、あんたにお笑いの基礎が無いからや」
綺良「基礎?」
瑠奈「さっきのわけ分からん通り名もそうやけど、あんたの思考回路はシュールレアリスムなんよ。せやから一部の人間にしかウケへんねん。大衆を笑わせたいんなら、笑いのメカニズムくらい知っとかんと」
綺良「それが身につけば全校生徒から爆笑をかっさらうことが出来るんですか?」
瑠奈「そうや。一人やと難しいけど、私たち二人ならやれると思うねん。どうや?漫才やる気になったか?」
綺良「けど…」
綺良はまだしぶっている様子だった。
瑠奈「何を迷うことがあんねん」
綺良「新しく部活を立ち上げたいんですよ。今はそっちを優先したいんで」
瑠奈「なんかやりたいことでもあるんか?」
綺良「そういうわけではないんですけど。新しいこと始めるのっておもろいこと起きそうやなと思って」
瑠奈「そういうことか。それなら私がその部活に入部したるわ。それやったら文句無いやろ」
綺良「なるほど。そういうことなら漫才もやりましょう」
瑠奈「よっしゃ!もう、この勢いで部活の名前も『おもろい部』にしたらええねん」
綺良「『おもろい部』、かっこいいですね」
瑠奈「決まりやな。この学校に笑いという名の革命を起こしたろうや」
綺良「あ、降ってきました」
瑠奈「ん?なんや?早速、ネタでも思いついたんか?」
綺良「私たちのコンビ名ですよ」
瑠奈「そうか、コンビ結成するなら名前が必要やな。どんな名前や?」
綺良「『革命の馬』なんてどうですか?」
綺良はどや顔で瑠奈と目を合わせた。
瑠奈もそれに答えるようにニヤリと微笑んだ。
瑠奈「おもろいことになりそうや」
続く。
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