第4話:きっかけ

綺良に手を引かれ屋上へと続く階段を登っていた麗奈だったが、扉を目の前した瞬間、その足を止めた。


綺良「どうしたんですか?」


麗奈「やっぱり止めよう。どんな人かも分かんないし」


麗奈は引き返すための言い訳を考えていた。

高校生になったら何か新しいことがやりたいとは思っていたが、何の準備もなしに新しい世界に飛び込んでしまって大丈夫だろうかという不安の方が大きかった。

そんな自分の背中を押すように手を引いてくれたのが綺良だったが、麗奈はあと一歩の勇気が踏み出せないでいた。


綺良「大丈夫ですよ。守屋さんよりも変わった人は他にいませんから」


そう言うと、綺良は勢いよく扉を開いた。


綺良「頼もうー!」


麗奈「ちょ、ちょっと増本さん!道場破りじゃないんだから」


麗奈が視線を前に向けると、里奈が不思議そうな顔でこちらを見ていた。


里奈「え?あなたたち、誰?」


麗奈「あ、えーと、あの…」


麗奈は顔を赤らめながら、そのまま黙り込んでしまった。


里奈「あ!ひょっとしてあなたたち新入生?」


里奈は目を輝かせながら二人のことを見つめた。


綺良「はい、そうです。先輩、入学式が始まる前に屋上からなんか叫んでましたよね?」


里奈「え!見てくれてたの?そっかー。あ、もしかして、私のファンになっちゃったとか?いやー、参ったなこりゃあ」


二人が新入生だと分かると、里奈はますます喜びの表情を浮かべた。


里奈「私、2年の松田里奈。よろしくね」


綺良「増本綺良です」


麗奈「…」


麗奈も続けて名前を名乗ろうとしたが、それすらも言葉に詰まってしまった。

このまま何も言えずに帰ってしまったらきっと後悔する。

けれど、体の震えは止まらない。

その世界に飛び込むための勇気が出ない。

誰かにもっと強く背中を押してもらいたい。

ほんの少しのきっかけさえあれば。

そんな麗奈の様子を黙って見ていた里奈が突然大きな声で叫び始めた。


里奈「フレー!フレー!新入生!頑張れ、頑張れ、新入生!頑張れ、頑張れ、新入生!おーーーー!」


目の前で受ける里奈の応援は屋上からのものとは比べ物にならないくらい麗奈の心に響いた。

そして、麗奈の目からは自然と涙が溢れ出てきたのだった。

誰かに背中を押してもらうのを待っているだけでは駄目だ。

自分で決断しなければ、何も始まらない。

この胸の衝動こそが、走り出すきっかけなんだ。

麗奈は頬を伝う涙を拭った。


麗奈「先輩!私…応援団に入りたいです!」


一瞬、里奈の目が潤んだように見えたが、里奈は悟られないよう咄嗟に背中を向けた。


里奈「あなた、名前は?」


麗奈「あ、すみません。守屋麗奈です」


里奈「守屋さん。ごめんなさい。残念だけどこの学校には応援団はないの」


麗奈「え?」


里奈「私は応援部なの。とは言っても、まだ正式に部として認められているわけじゃないから、私が勝手に名乗ってるだけなんだけどね」


麗奈「応援部…応援団とは何が違うんですか?」


里奈「うーん、それを聞かれると答えに困るんだけどね。なんだろう、一言で言うなら『あなた』に向けた応援って感じかな」


麗奈「『あなた』に?」


里奈「応援団ってさ、なんとなく集団で集団を応援するっていうイメージじゃない?そうじゃなくてね、私は1対1の応援がしたいと思ったの」


綺良「けど、今朝は屋上から全校生徒に向けてやってはりましたよね」


綺良が空かさず横槍を入れた。


里奈「1対1っていうのはね、数の話じゃないの。たとえ応援の対象が集団だったとしても、その中の一人一人に届く応援、響く応援がしたいのよ」


麗奈「だから、『あなた』に向けた応援…」


里奈「そう。『あなたたち』じゃなくて、『あなた』に。まあ、これは私の好きなバンドの言葉なんだけどね」


"あなたたちじゃない、あなたに歌ってるんだ"


里奈が大切にしている言葉だった。

その言葉は麗奈の心にも響いていた。


里奈「非公認だけど、それでも良いなら私は大歓迎。どうする?」


麗奈は里奈の目を真っ直ぐに見つめた。


麗奈「私、応援部に入ります!」


こうして、守屋麗奈の青春が走り出したのだった。



続く。

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