第3話:黒い羊

入学式が終わり、教室へと戻るとホームルームが始まった。

全員の自己紹介が終わると、担任の教師は生徒たちに一枚の用紙を配り始めた。


麗奈「あ、入部届だ」


綺良「裏になんの部活があるか載ってますよ。ルービックキュー部ありますかね」


麗奈「それはさすがに無いと思うけど…あ、お笑い研究部なんてあるんだ。増本さんにぴったりじゃない?」


綺良「興味ないですね」


麗奈「え?」


綺良「私、芸人さんに疎いんですよ。オードリーの春日さんって知ってます?あの人が芸人さんかどうかも分かってないくらいなんで」


麗奈「けど、さっき全校生徒を笑わせたいって」


綺良「それはそうなんですけど、漫才やコントがやりたいわけじゃないんですよ。いろんな形の笑いがありますからね。私はとにかくおもろいことがやりたいんです」


麗奈「おもろいこと…か。じゃあ、部活には入らないの?」


綺良「おもろいことは部活に入らなくても出来ますからね。他にやりたいことも無いですし。守屋さんは結局どうするんですか?」


麗奈「うーん、どうしようかな。まずは見学とかしてみないと…ん?」


麗奈はしかめっ面で何度も入部届の裏を指でなぞった。


綺良「どうかしたんですか?」


麗奈「応援団が書いてないの」


綺良「応援団?あ、そういえば屋上でなんか叫んでた人いましたね。その手があったかって感心しました。そもそも応援団って部活なんですか?」


麗奈「そっか、部活とは違うのかも」


綺良「気になるんですか?」


麗奈「うん、ちょっとね」


綺良「それやったら後で屋上行ってみたらどうですか?」


ホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴った。

綺良は麗奈の手を掴むと屋上に向かって走り出した。


◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


入学式の朝、松田里奈は屋上から登校する新入生たちを眺めていた。

期待に胸を膨らませる者、新しい生活に不安を抱く者。

皆、思い思いの表情を浮かべている。

里奈はそんな新入生たちを応援したいと思った。

自分がやらなければ。

そう、かつて応援団だった自分が。


坂之上女子高等学校に応援団は存在しない。

正確には去年、とある出来事をきっかけに解散してしまったのだ。

その時、最後まで応援団の解散に抵抗していたのが里奈だった。

残念ながら里奈の抵抗も虚しく応援団は解散となり、そのことがきっかけで里奈は孤立するようになった。

けれど、里奈は諦めなかった。

独りでも誰かを応援することは出来る。

その強い信念を胸に、入学式の日を選んで屋上へと足を運んだのだった。


里奈「あーあ、今日から厄介者になっちゃうのかな。けど、後悔なんてしない。私は、誰かを応援したいだけなの。絶対に白い羊になんてならないんだから」


こうして里奈は屋上から大きな声で新入生たちにエールを送ったのだった。


里奈「世界には愛しかないんだ!」


騒ぎを聞きつけた教師たちが校庭に姿を現した。

里奈は慌てて屋上から逃げ出そうと校舎へと繋がる扉を開いた。

すると、その様子を隠れてみていた一人の生徒と鉢合わせとなった。


里奈「るんちゃん…」


その生徒は里奈と一緒に応援団に所属していた森田ひかるだった。

周りの目が気になり、応援団の存続には賛同できなかったが、里奈のことはずっと心配していた。


ひかる「まつり…あのさ…」


里奈「私に話しかけない方がいいよ。こんなところ誰かに見られたら…ごめん」


そう言うと、里奈は走ってその場から立ち去った。

ひかるも後を追いかけようとしたが、走り出した矢先に誰かに背中越しに呼び止められた。


??「ひかる!止まりなさい!」


ひかるを呼び止めたのは坂之上女子高等学校の副会長である賀喜遥香だった。


ひかる「遥香…」


遥香「廊下を走らない。新入生たちに示しが付かないでしょ」


ひかる「ごめん、遥香。けど、まつりが…」


里奈の名前を出した途端、遥香の顔つきが曇った。


遥香「また何かやらかしたの?まあ、いいわ。今度、会ったら言っておいて。応援団が駄目なら応援部を立ち上げるんだって意気込んでいるみたいだけど、私たち生徒会は絶対に認めないってね」


ひかるは何も言えず、黙ってうなずくことしか出来なかった。


ホームルームが終わると、里奈はすぐ学ランに着替えた。

白い制服の生徒たちに指を差されて笑われながら、真っ黒な学ランを身に纏った里奈は誰もいない屋上に再び忍び込んだ。


続く。

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