013

目を覚ましたKは、声が出せないようだった。筆談に曰く。

『のどやけた』

因みにKの筆談は日本語なのでaにしか伝わらない。

髪や肌、服も多少焦げているが他に大きな異常はないらしく、今はチェスムウを召喚し火傷の治療を行っている。

『アレ危険 量産×』

危険薬物についてはそう記し苦い顔を見せた。

「おまえが声出んと静かやな」

『ちりょー中 その内治る』

症状は風邪で喉を腫らした時に近いようで、重篤ではなさそうだ。チェスムウナノマシンも導入しているので、直に声も出せるようになるだろう。

「シールが言うにはそろそろ還れるんじゃないかってことだけど」

なんとなく『穴』に集中してみるが別段変わった気配はない。

掌を眺めていたKがふと顔を動かす。

「どうした」

何かに気付いた動きだと察してシールが声をかけると、両手の平をそちらに向けて何度か動かした。『落ち着け』のようなジェスチャーの後、ヴぉん、と振動を放って消えた。

「『待ってて』、だったんじゃない?」

「なるほど」

「本当に凄いなぁ。何処へ行ったんだろ」

「さあ」

感心するキョロちゃんに三人は肩を竦めた。



『穴』の中の更に奥。ダァトの中では、時は用を為さない。過去も未来も混在する。そんな話を思い出した。ならばこの浅瀬でも問題あるまい。声を出したくないKはパンパンと大きく手を叩いた。何処からともなく金色の瞳が浮かび上がる。本物の筈の、貝空だ。その殻に身体を預け頬を押し付ける。無言のやりとり。やがてKは身体を離し、貝空に手を振った。



ヴぉん。

「ぉょ」

戻ったKの眼前には、食事が並べられていた。知らないおじさんが目を丸くしてKを見ている。配膳をしてくれていたと思しき人が食器を取り落とした。

「おかえり。なんか、皆の分用意してくれた」

aの説明を受け改めて状況を認識する。そうだ、助けられたのだから礼をしなくては。Kは食べられる気がしないが、食事まで用意して貰っては何か返さなくてはならない。

「お礼しないと」

「そうだね。これ頂いてから話をしよう」

小さく小さく洩らした声を拾ったaが返事をしながらテーブルにつく。家人たちは恭しく礼をして部屋を出ていってしまっていた。

「なんかこれ…お粥っぽいのあるし、食べられる?」

チェスムウは優秀だ。流動食なら食べられるだろう。熱くなければ。


結局水だけ頂いて、Kは皆が食事をしている間指先を見ていた。ピリピリした感覚も薄くなり、火傷の痕も判り難くなってきた。大声じゃなければ喋るのも大丈夫そうだ。

「さっき貝空に会ってきたんだけど」

「え!?」

Kの囁きを拾う為に皆の食事の手が止まる。肉類しか食べないグールは既に食事を終えていた。

「やっぱりアレは玄霊の前身みたい。カミサマとおんなじで、自分がやられた記録を知ってる…のかも知れない」

記憶がある、という程ではない。その事実を知っている。Kたち死因を排除しようと動いている可能性がある。

「そこまで意思のあるものだったか?」

「まあ、殺意だけは重々感じたけど」

aは玄霊と対峙した時のことを思い出しながら言葉を選ぶ。確かに意志はあった気がするが、思考と呼べる程のものはなかったように感じる。

「残滓が個人を狙う──認識する、なんて聞いたことはないけどね」

「まぁその辺は置いておいても、だ」

シールがKを見る。

「そもそも玄霊は死んでないだろ。記録が共有されているのなら、おまえの貝空はどうなってる」

一通いっつう

いつだったか、貝空に記憶に関して尋ねたことがある。記録として持っている、というような回答だったと思う。貝空は、貝空となる直前までの玄霊の記録を所持している。起こったことも、起こることも。貝空となった以降は、起こったことしか記憶されていない。

つまり玄霊、または残滓としては貝空になる直前までの記録しか持っていない筈だ。であれば記録が途絶えた先は『死んだ』と認識するのも当然だろう。

「なるほどな」

頷くシールとキョロちゃんに対して、aは眉根を寄せて必死に理解しようとしている。グールは端から聞き流し気味だ。

「つまり、アレは倒せてないんだな」

「……多分」

何しろ戦闘中の記憶がないので言い切り難いが、アレが玄霊の素だというのならその筈だ。

「また襲ってくる?」

「…うーん…」

そもそも、考えてみればアレは積極的にKたちを害そうとはしていない。恐らく記録としては知っているが実感としては驚異を感じていないのだろう。プラス、そこまでの知性や理性を持っていない。最初に発された警告も、Kの中にあった予測を引き出したものに過ぎない。貝空に見えていたのも言うなればaとKの勝手な勘違いに起因する。アレはただ近付いてKたちを観察していたに過ぎない。

「なんにせよ、『絶対に倒せない』ので。次があれば逃げるのが得策」

「解った!」

簡潔な結論にaは力強く応えた。解りやすいのは良いことだ。



家人に礼を伝え街へ出ると、エルフェルの姿があった。エルフェルはKたちに…いや、Kに向かって無言で構えた。

「えっ、一年の約束は…」

領域テリトリーで土地と民をあそこまで害されたら、流石に支配者として看過できない。ケジメだ」

そう言われてしまえば返す言葉もない。

「じゃあ…出来立ての荒野へ行こうか」


エルフェル戦三戦目。今回のエルフェルは最初の時みたく遊びでも、前回みたく感情的でもない。Kとエルフェルはお互いに自分の勝ち目が見えていない状態で向かい合っている。エルフェルとしてはこの焦土を見て、それを作り出した相手に勝てる気はしていない。だが力を奮いワガママを通してきたのはその土地の支配つまりは管理に責任を持つからだ。勝てなくとも挑まねばならない。Kとて本調子ではない身でaの援けなしで勝てる気がしない。ただ土地を焼いてしまったのは自分なので挑まれた勝負からは降りられない。

aはレフェリーらしい。どちらかが死んでしまわないよう、いざとなったら止めに入る。盾を持つaにしか務まらない。

先に動いたのはエルフェルだった。ジェット噴射で一瞬で距離を詰める。いつの間にか手には剣のようなものを握っている。Kは大振りな動きでそれを避けながらエルフェルに向かいフェニックスを召喚、同時に青龍で距離をとる。が、エルフェルは素早く対応しフェニックスのファイアーブレスを掻い潜りKとの距離を離さない。武器を構え直すと槍のように投擲した。青龍はそれを躱して上昇し、Kは黎を取り込んだ。再び構えた槍目掛けて雷電が走る。察したエルフェルは素早くそれを放ちジェットを止めて少し落下することで距離をとった。力の噴出は背から行っている為『後退は出来ない』と察したKはこの隙にと雷で攻め立てる。エルフェルは眉を寄せて一度Kに背を向けた。


「はー…」

キョロちゃんが感嘆を洩らす。一応とばっちりを食わないように皆注意はしているが、つい見入ってしまう。

Kが単独で誰かと対等・・に戦う姿を見るのはシールとグールは初めてだ。いつも楽しそうに相手を圧倒しているイメージがあるが、今回はイマイチ火力が出ていないように思う。

「Kはそんなに強くはないよ」

メンタルも弱くビビりである。回避は高いが、攻めよりも回避を優先する。更に戦闘中の計算が出来ない。最初に予測した流れを外れれば後は行き当たりばったりだ。

「空中戦の時は軌道確保は召喚獣の判断だしね」

エルフェルから距離を取れないので攻撃に移れない。Kの強みは大技の火力なので、その隙を与えないエルフェルの戦略は功を奏している。大技を放てたところで──

雷鳴が轟く。エルフェルは再び槍を投げ避雷針とし事なきを得た。

Kの大技の命中率は50%を切る。それを的確に対処されてはほぼ当たらない。命中率の低さを補う為の範囲攻撃『火炎獄』は必殺の為エルフェル戦では使わない。となれば、別の種類の範囲攻撃が必要だ。Kの強みのもうひとつは、扱える召喚獣の数である。


Kはエルフェルの攻撃を避けながらも立て続けに驪と黒を取り込んだ。エルフェルがある程度接近してきたタイミングで、Kを取り囲むように複数の落雷が起きる。それは数度連続で起こりエルフェルの避雷針は間に合わない。二度の落雷を身に受け空に縫い付けられたように固まっていたエルフェルは墜落した。

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