012

鞭のようにしなるかと思えば、槍のように突き刺さる。中心の目玉からはビームが出る。此方からの攻撃は触手部分には無効のようだ。しかし目玉を狙うにはこの触手たちが邪魔である。

「うーんフラストレーション!」

シールはマスカルムに守られながらカルキストが飛び回る様子を見ているが、あの目玉には玄霊のように弱点らしい点は見付けられなかった。

珍しくお守りなしで戦闘に参加するグールが空を引っ掻くように腕を振り、うねる触手に片っ端から縛呪を掛けるが間に合わない。広域複数体を対象にした縛呪に目を丸くしつつもその隙を突いて目玉に肉薄したaが別の触手に吹き飛ばされる。

「近付けない!!」

「なんなのコイツ!」

全員一旦距離をとる。目玉は追撃はせずうねうねと触手をくねらせている。

「気持ち悪いね」

「そうだね!!」

暢気なキョロちゃんの感想に思わず怒鳴り返すKに、シールが目を向ける。

「そういえば」

「ん?」

上着のポケットに手を入れ、小瓶を取り出した。

「完成している」

「なに …えっ、今!?」

「えっ、何?」

aも覗き込む。小さな瓶には砂糖菓子のような固形物が入っていた。Kは察したようだが、aには何か解らない。

「まだ人に試した事はないが、使ってみるか」

「……あー…魔力上昇極振りだっけ?」

「ああ」

小瓶を受け取り、蓋をあける。

「噛んでいいやつ?」

「多分な」

塊を摘まみ上げ口内に放る。ガリッ!と氷を噛み砕くような音を立て。

Kの記憶はそこで途絶えた。






気が付くと焦土に立っていた。辺り一面何もなく、ただ焦げた…あるいは溶けた…地面だけがある。

「ぇー…っと」

声は掠れ、喉は発声に堪えられず血を吐いた。

「!?? ??」

なんだこれ、と喉を使わずに口を動かす。見回すが、見える範囲には誰もいない。

目玉は? aたちは? 街は? 自分は?

どうなったのか。どうなってしまったのか。この喉の痛みは夢には思えない。

「………?」

体が重い。なんだか眠くなってきた。誰もいないし何もないなら、此処でこのまま少し眠っても平気だろうか。いい気がする。そもそももう歩ける気もしないし、この眠気じゃ転移も危険だ。おやすみなさい。起きたばかりな気がするのに、沈むように意識は途切れた。






「何渡したのアレ!!!」

「魔力上昇のサプリメント」

しれっと答えるシールにaはがっくりと項垂れる。

「完全にヤバいヤクだったじゃん」

薬を噛み砕いた後。Kは次第に笑い始め、高笑いで街をひとつ焼き尽くした。エルフェルが近隣領民を避難させていたとはいえ、人的被害がゼロとは考え辛い。幾ばくか被害を出しただろう。だが止める余裕はなかった。暴走したKを置いてaたちは大慌てで転移した。間一髪、焼き殺されずに済んだ。

流石のエルフェルも難しい表情をしているが、キョロちゃんは飄々と「すごかったなー」なんて呟いている。

あれはありったけの炎の召喚獣を取り込んで一定範囲を焼き尽くす、Kの『必殺技』だ。滅多なことでは使わないし、使う機会もそうそうない。aがあれを見たのは三度目だ。内の一度はヴァイス相手で必殺とはならなかったが、その時aも大層な威力を身を以て体験している。

その大技をドーピングからのバーサク状態で行使したのだ。必滅だろう。K本人の状態も心配だ。

「どのくらいで落ち着くかな」

「そんなに長くは保たないと思うが」

とはいえ試したのは初だ。確証はない。

「グールに聞いてた話と違うなぁ」

「あん?」

ぼんやり溢したキョロちゃんにグールが目を向ける。「なんか言ったっけ」といった様子だ。

「誰が一番強いか聞いたとき、aくんって言ったでしょ」

それは間違ってない。

「一番強いんはソイツ。一番ヤバいんはアイツ」

シールも同意の頷きを返す。単純に戦闘能力ならa>グール>K≫シール、非常識度ならK>シール>a≫グールだ。

「なるほど?」

「まあ落ち着いたら戻ってくるやろ」

現場の状況が判らない今、少なくとも転移で迎えにいくことは出来ない。楽観的なグールに溜め息を吐きつつ、aは意外に冷静なもう一人に目を移した。

「シールも心配してなさそうだな」

「ああ。恐らくアレで、還れるようになっただろうしな」

盛大に見せ付けた力と、もうひとつ。転移能力だけでは足りなかった、『破壊の神』の側面の逸話をこれで満たした。

「あー」

「そうなの?」

aにはイマイチ解らないが、グールも納得しているようだからそうなのだろう。

「んーじゃあやっぱり早くK回収しなきゃ」

転移を使わなくても、飛行で行けない距離ではない。



「いない……」

最早街は無くなっていたが、完膚なきまでに更地となったその様がかえって目印となった。この様子ではあの敵性体も討てたのだろうが、しかしKが見付からない。

「入れ違いになったか?」

「…通信は…繋がらないけど。ちょっと見てくる」

aは一度『穴』に消えた。

「さて。どうなったんだと思う?」

キョロちゃんがふたりに問い掛ける。エルフェルはこの場の惨状を目の当たりにしてすぐ場を去った。避難させた人たちの様子を見てくると言っていた。

「一緒に燃え尽きたん違うやろな」

「術者がか?」

それはないだろう、という様子だが、もしそれをaが聞いていれば青褪めただろう。あの大術は範囲内を燃やし尽くす。術者といえどその範囲内に居たのならば別途某かの手を打って身を守らねばならない。

「まあ更地にずっと居るのも不自然だよね。戻ってるか、じゃなきゃ最寄りの町にでも行くかな」

暫くして、aは単身戻ってきた。

「キョロちゃん家近くはざっと見たけど見付けられなかった」

「なら町に向かってみるか」



地上に太陽が落ちたようだった、と町の人は語った。隣町が突然真白の発光体に覆われ、膜が剥がれるように消えていった。その後には物凄い熱気と、更地と、倒れた人影。避難誘導に逆らい何事かと集まった人々はそこに神秘を感じ抱いた。これは神の誕生に違いないと噂した。そしてその神秘をもたらした神は、まだ目覚めない。

「………」

aは言葉なく、寝かされているKを見下ろした。

「大丈夫なん、アレ」

「寝てるだけだと思うよ。相変わらず死は感知出来ないしね」

「そうか」

キョロちゃんの診断にシールがホッとしたのが解る。aはシールに背を向けた状態で苦笑いを溢した。シールが態度には出さなくてもやはり心配していたんだなということと、キョロちゃんの診断を聞くまでもなく、Kがただ疲れきって気持ち良さそうに爆睡しているだけだったということに。

「何度心配させれば…」

怒りと共に言葉を飲み込む。今回は…いやよく考えれば前回もだが、ともかくあれもこれもKというよりシールの所為だ。

「シール、反省した?」

「なんでだ。玄霊に比する敵性体を一瞬で葬れただろィッたッ!!」

aの拳骨が降った。Kなら言葉を尽くしてお説教かも知れないが、aは体罰だ。頭を抑えて屈み込むシールは当分起き上がりそうにない。

「あーあ。頭凹んどらん?」

グールは呆れた顔でしゃがみこみ、呻くシールを観察している。

「本当に、アレを倒したのかなぁ」

キョロちゃんの呟きにシール以外の動きが止まった。

「…倒したんじゃないの。あの場の惨状を見たら逃がしたとは思えないけど」

「でもどう見てもエネルギー体だったでしょ。焼き尽くせたのかな?」

現れるのも突然だった。撤退も、転移のように瞬間的に出来たかも知れない。

「そもそもなんで君たちを狙っていたんだろう?」

言われてみれば。aはあまりそういう理由を求めないが、何故と問われても思い当たる理由はない。

「あの地で失われた生命たちが、ムダだったんじゃなきゃいいけど」

死の神はシュルシュルと舌を動かした。

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