011

結局、エルフェルのテリトリーにやってきた。お世話になるつもりは毛頭ないが、人が多くて且つ攻撃されないというのは魅力だった。しかも場所が大陸内だ。

「テリトリー広域すぎない?」

「こんなもんだよー」

シールたちの時代でいうと、ティフェレトに位置する。その西の端。ローズクロスセットの端辺りだ。

「ティフェレトなら都合が良さそう」

とはいえ何をしたものか。

「ぼくと一戦交えたらいいんじゃないかな!」

「やだ」

大変効果がありそうな提案だが当然の如く却下だ。エルフェルは強すぎる。

「もう貝空で洗脳して回ったら早いんじゃない」

「それだ!」

aの提案にKは勢いよく指を突き付ける。

「そんなこと出来るの?」

キョロちゃんを筆頭に男性陣は引き気味だ。

「さあ。そんな細かい指定まで効くのかは解んないけど、貝ならイケるでしょ」

丸投げの信頼で貝空を召喚する──いや、しようとし、

「……?」

Kは怪訝な顔で掌を握った。

「どうした?K」

「いや…」

ぐっぱぐっぱと動く自分の手を見詰めて黙り込む。

「こっち来てから貝空招んだことないよね」

「そうだっけ?最初居たよね」

「それって勝手に出てきたやつ」

そう言われてみれば、こちらの意思で呼び出したことはまだなかったかも知れない。

「だとして、それが?」

「タクちゃんが居ないから守護獣を呼べないなら、貝空は最も呼べない筈じゃない?」

何せその核がの神だ。

「……? え、でも居たじゃん」

こちらから呼び出したわけじゃなくとも、姿は見ている。

「貝空は嘘を吐かないよ」

その矛盾を解決する答えは。

「そもそも、最初に見たアレは『貝空』には見えなかったが」

カルキストの視線がシールに集まる。

「え?」

「何せ訳の解らない特殊なものだし元を見た数も少ないから自信はなかったが、アレはおまえの下した『貝空』とはだいぶ別物に見えたぞ」

「マジで?」

グールもうんうんと肯いている。

「え。貝空に見えてたけど」

「アタシにもそう見えてたけど」

Kとaは顔を見合わせて困惑する。別に違和感はなかった。普通に貝空だったと思う。

「……招んでみる?」

「玄霊に戻っちゃったらどうすんの」

エルフェル処じゃない。神々の援けもない今、勝てる見込みはない。

「また出てくるの待つしかないか?」

「その必要はなさそうだ」

シールの視線を辿ると、やけにビカビカした何かが浮いていた。大きさは確かに貝空が好んでとるサイズ。特徴的な目玉感もある。が、確実に貝空ではない。

「凡そ煌力塊じゃん!」

「バレたから擬態をやめたのか?」

擬態といってもカルキストのふたりにしかそう見えていなかったのだからどちらかというと認識阻害だろうが、とにかく今はふたりにも「貝空ではない」と認識出来る。

「何あれ!」

「おまえらが知らんなら知らん」

呆れ返るシールとグールに、Kはそれを指差したまま助けを求めるようにキョロちゃんとエルフェルへ顔を向ける。

「残滓の一部?」

「鬼神のなりそこない?」

煌力確定だ。

「あんなのまで飼ってるの?」

「よく発狂しないね」

「飼ってねー!!」

指示もあった。意思があるのは間違いない。一体どんな意図で貝空に成り代わっていたのか。そして何の為に再びやって来たのか。

「なんなのおまえ」

貝空もどきは答えない。ただ緩慢に段々と近付いて来ている。よく解らないが、近付け過ぎてはいけない気がする。認識阻害の能力があると知っている以上対策なしで敵対は出来ない。とはいえ精神系の能力はそれこそ貝空しか持っていない。

「貝空…!」

思わず助けを求める声が漏れた。当然貝空は応えない。しかしその声に、間近に迫る煌力塊は僅かに身動いだように見えた。

「…貝空?」

タクリタンを理性として取り込んだ玄霊。もしも理性の部分が消えたなら玄霊に戻ると思っていた。しかし既に玄獣化され契約に縛られているそれは、果たして元通りの玄霊に戻るだろうか。一度得た人格は消えるだろうか。何処までがタクリタンで──何処までが『貝空』か?

「─あ─コレ、貝空だわ」

「K!?」

理性と殻をなくしても、召喚獣であろうとしている。自分の外殻を投影して、自分の現状を伝えてきた。

「落ち着け、K!よく見ろって!それは違う!」

「いや、殻は無いけど、これは貝空だよ」

契約者がそういうならそうなのだろうか?K以外の者にはKが洗脳を受けてしまったようにしか感じられない。aの視線を受けてシールは首を振った。

「魂の形が違う。神の分離により変形したとしても、変わりすぎだろ」

とはいえよくわからないものだから自信はないが、と再び付け加える。

「K、離れろ」

aが攻撃態勢を見せる。Kは『貝空』を庇うように立ち塞がった。

「大丈夫だって!」

そうは思えない。背に庇われた『貝空』は膨らんでいく。アレが本当に貝空であれば──

aは深く身を沈め地を蹴った。拳がKに迫る。体術でKはaに対抗出来ない。避けることは得意だが今は避けることもせず──

「ほら、違う」

直前で標的をズラしたaの拳から放たれた衝撃波で『貝空』は後退した。駆け寄ろうとするKの頭を両手で抑え、aは強制的に目を合わせた。

「貝空なら、Kを護るでしょ!」

「  、ぁ うん」

そうか。そうだ。主を盾にしたりしない。庇われることを良しとしない。理性がなくなっても。いや、なければ尚のこと。

ぶわっ、と煌力塊が膨れ上がる。中空に陣取った目玉から触手のように力が漏れ出している。

「ちょっとー。他人の領地に変なもの展開させないでよー」

エルフェルはブスッとそう呟いて、迅速に領民の避難誘導を始めた。

「えらい!腐っても支配者じゃん」

aは感心しつつグールにシールを護るよう指示を出す。

「今からアレと戦うってこと?じゃあシールくんのお守りはオレが引き受けよう」

キョロちゃんがシールの腕を引いた。毎度の仕事を奪われ、グールはキョトンとキョロちゃんを見る。

「君戦闘能力高そうだ。攻撃に参加した方が有益だろ」

「わおそりゃいいや。じゃ、キョロちゃん、シールを宜しく!」

衝撃から立ち直ったのか、Kが言う。

「任せて」

「うわ!?」

シールの身体にマスカルムが巻き付いた。カミサマの加護(物理)とくれば安泰だ。ただそれが死の神なのが少し気になる所だが。

「向こうがやる気だからというのもありますが」

Kは真っ直ぐその目玉を見据えた。

「貝空を騙ったのは、許さないから」

以上。宣戦布告、全文。

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