010
墜落したエルフェルはキョロちゃんとグールが回収に向かった。戦闘を終了したふたりはシールをつれてキョロちゃんの家へ戻る。
「シールちゃん、お座り」
Kに椅子を指差され、不服そうにしながらもシールは大人しく指示に従った。
「反省して下さい」
「事故だ」
「事故に遭わないように気を付けるのも貴人の責務なの!」
シールは目を逸らして口を噤む。煩わし気なその表情にKは溜め息を吐いた。
「昏倒から目覚まして即の全力戦闘、からの全滅の危機…とか本当にダルいんで勘弁して下さい…」
「まあ運が悪かったよね」
aはシールに一人での外出を許可した身でもあるので強くは責められない。そっと話を逸らす。
「んでまあ、何の話だったの?」
「おまえらが欲しいって話だけだったな」
「あらまあ」
あからさまに逸らされた話題とその結果明かされたどうしようもない内容に、Kはもう一度大きく溜め息を吐いてふたりに背を向けた。
「疲れたのでちょっと寝ます」
「あいよー」
Kが横になったのを確認して、シールはaを手招いた。
「?」
「さっきの…」
それはかなりの小声だったが、aは察して人差し指を立てた。
「じゃあ、K。あたしたちちょっとグールたちの方見てくるね」
「おー、よろしくー」
「盾の話でしょ?」
キョロちゃんの家から出て少し距離を取り、窓からも見えないだろう位置で立ち止まる。
「ああ。なんで隠してる?」
「隠して……る、か。るね。うん」
本当は玄霊戦の後もずっと使える状態だった。あれ以来一度も使ったことはないが、持っていることは忘れなかった。
「これは借り物でさ、条件付で」
「条件」
そう。玄霊を倒すために用意された、玄霊から護る為の盾。ゲブラーの守護獣の欠片。
「貝空が暴走した時にはあたしが止めなきゃいけないって事なんだけど」
「…なるほど」
隠すようなことではないと思いはするが、何故か言い出せなかった。今でも、Kには知られない方がいいような気がしている。
「なんでか解んないけど、知らせたくない…かな」
シールは頷いた。
「わかった。忘れておく」
「…うん、ありがと。じゃ、グールの方見に行こうか」
焼け焦げた大地を辿ってのんびりと歩くキョロちゃんは、無愛想なグールに構うことなく様々質問を投げ掛けていた。今までどういう土地に住んでいたのか。四人はいつから一緒にいるのか。どういう関係性か。誰が一番戦闘能力が高いのか。趣味はあるか。どうでもいい質問を適当に答えたりかわしたりしながら歩を進める。aがぶっ飛ばした距離は思った以上に長く、エルフェルの落下地点まで数分を要した。
「お。居った」
「残念、死はまだ遠いか」
近付いて完全にのびていることを確かめる。
「…で、どないするん?」
「どうしようね」
言いながらキョロちゃんはエルフェルを担ぎ上げた。線の細いこどもとはいえ、人一人はそれなりに重たい。気を失っている分尚更だ。
「取り敢えず持って帰って考えよう」
運べと言われないことに暫し目を丸くして、グールはキョロちゃんからエルフェルを取り上げた。
「あれ。ありがとう、優しいなグールくん」
「キモチワルイ。くんは要らん」
「嫌だと言うなら気を付けるけど。なるほど、そういうところかな」
一人納得した様子のキョロちゃんに、グールは逡巡の末「訊かない」を選んだ。のだが、構わずキョロちゃんは続きを口にした。
「彼らが君を好きな理由さ」
「……都合がいいだけやろ」
「照れちゃっても~」
からかいに舌打ちで応え、グールは足を早める。
aが皆をキョロちゃん宅まで転送した後、一番に目覚めたのはグールだった。目が覚めた途端aが飛んできて、それはまるで殴り掛かる勢いだった。
「あたしを庇うとか、もう、絶対やめて」
グールは無言で目を逸らした。助けて文句を言われるのも不快だが、なにより。それは確約出来ないと思った。
そんなやりとりを見られた故の勘違いだろう。あれは彼女のプライドの問題だし、Kから甘えられているのはまあ解っているが、契約主からは好意など感じたこともない。
自分は所詮都合の良い下僕である、と。グールはこっそり溜め息を吐いた。
「オレが口を出すことでもないけど、本当、違うと思うよ」
言い聞かせるわけでもなく独り言のように静かに呟いて、キョロちゃんは遠方の陰に気が付いた。
「ああ、迎えが来た。そんなに遅かったかな?」
荷を手放せることに喜びつつも、グールは、キョロちゃんと共に居ることは意外と苦ではなかったなとぼんやりと思っていた。
「負けた。で、どうするの?」
「敗者の態度じゃねぇな」
開き直って胸を張るエルフェルにKがぼやく。エルフェルは一応負けを認めており、今再戦するつもりはないようだ。
「もう襲ってこないならどうもしないけど…その気があるなら、そうだな。遠く遠くにぶん投げます」
実際には転移させるつもりだが、伝わらなくては困るので投げると表現した。aの強い瞳にエルフェルは苦い顔をし、要約すると「一年は我慢する」と約束した。そんなに居るつもりもないのでそれで充分だ。
「もう帰っていいけど」
いつまでも去る気配のないエルフェルにKが明確に許可を出すが。
「次は勝ちたいし、一緒にいることにした」
「はあ」
「いや困るんだけど嫌なんだけど」
気の抜けた返事しか出ないaだったがキョロちゃんは拒絶した。家主としては当然だ。
「ならぼくの所へ来たらいい!纏めて面倒みるよ」
「いや嫌だけど」
折角勝ったのに下ったような扱いにされては堪らない。
ちぇーと口を尖らせてエルフェルは机に伏した。
「……宿泊代は貰うからね」
結局、キョロちゃんが折れた。
「あー、目覚めてすぐの襲撃ですっかりさっぱり忘れてたけど、あの煌力塊はどうなったんだっけ?」
「皆を飲み込んだ後、跡形もなく消えたよ」
「消えた?」
「あんなデカかったのに」
あれほどのエネルギーがどのように使われたのか。飲まれた三人は今のところ何の変化もみられない。
「なんか気持ち悪いな」
「ジズフになったんならいいんだけどね」
「いや~どうだろうね。ジズフ緑のマスカルウィンなんか見たことないって言ってたもんなぁ」
そう口にしてから、Kはあれ?と首を傾げた。それは誰かから聞いたことだったような気がする。が、ハッキリとは記憶にない。
「らしいな。であれば、今はまだ生まれないんだろ。……こんな話しなかったか?」
「聞いた気がすんな」
既視感に襲われる三人に対してaは首を傾げる。
「あたしは記憶にないけど…」
「うーん、まあいいや。大したことじゃないし。指針は変わらず、噂の散布」
それしかないなと頷いて、一行はキョロちゃんに顔を向けた。
「他に人の多いところって何処がある?」
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