009

「え、ちょ、みんな!?」

先ずしゃがみこんで、足元に倒れているグールを揺らす。ぐんねりと揺らされるままに揺れる身体は確実に意識がないことを示している。半パニックになりながら視線を巡らす。暗くてシールやKの様子が確認できない。光源を召喚することも思い付かず、近寄って確認する。声を掛けても誰からも返事はない。Kが危惧したように肉体が消滅しはしなかったのは救いだろうか。

「嘘でしょ……」

深呼吸。少しだけ冷静になった。ライトを召喚して呼吸と脈を確かめる。ある。正常値だ。良かった。召喚も使えるようになってる。よし。また少し落ち着いた。

今度は三人を先程まで煌力塊があった部屋に運び込む。石造りの地下は少し冷える。適当な上着を召喚して三人に掛けておく。何故かずっとグールが持っていたKの上着はKに被せておこう。

後は、後は。

暫く待ってみて、起きそうになかったら一度キョロちゃんの処に帰ろう。寿命を見て貰わないと。



「思ったことあんだよ。a子の要素が入ってないなって」

灰色の髪。半眼。面倒臭がり。

青目。癖っ毛。

首輪。

「特徴で言えば、Kよりシールじゃんって」

「それは言ってたな」

「そうだったっけ?」

真っ白な空間に三人で居る。居るのは解るけれど姿はよく見えない。夢に似た感じだと、Kは思った。電気信号だけのやりとり。高速で行われ、意味付けは後から行われる。霊体の時とはまた違う感覚だ。同じ『意識だけ』の状態でも、今度は身体を離れていないのだろう。

「確かに、あいつは別体で描かれてたな」

「そーなん」

グールはあの絵も見ていなかったらしい。

「しかしこの状況、煌力塊による走査中スキャニングだと思うんだけど。無事ジズフは生まれるかな?」

「ひとつ気になるんだが」

「何?」

「ジズフは、『緑のマスカルウィンを見たことがない』…と言っていたんだよな?」

「うん」

それで態々神代初期へ送ってくれたのだ。

「………あ」

ということは、生まれた時には既にマスカルウィンの緑は失われていたのだ。緑一杯の今、生まれてくることはない。

「え、じゃあこの状況は何」

「やっぱ地道に噂振り撒いてくしかないんか」

それならそれで当初の予定通りでいいのだが、目覚めることが出来るのかが問題だ。

「このまま眠り姫でマスカルウィン禿げるまで放置とかされないよね…?」

「ハ!?」

凡そ死に等しい。その可能性に取り乱したグールが、何かを言おうとしたところで…プツンと消えた。

「えっ。あ、起きたのかな? 良かった。なら大丈夫そうだ」




ぼんやりと目を覚ますと、そこは石造りの地下通路ではなかった。二、三瞬きすれば、すぐにキョロちゃん宅だと理解した。

「……a子?」

「お。良かったKも起きた」

Kを覗き込むaの背後では、グールとキョロちゃんがお茶を飲んでいる。運んで貰ったこと、どうやら異常はなさそうなことを理解し、Kはaに礼を述べた。

「あー。ありがと」

「おう」

ただ、シールの姿が見えない。

「なんか外見てくるって出てった」

なるほど。Kが最後だったらしい。



「シール遅くない?」

「そうだね、なんかあったかな?」

そもそも何故一人で行かせたのだろうとKは微かに顔を顰めた。

「この辺りは特に危険は無い筈だけど」

察してか偶然か、キョロちゃんはそう言って窓の外を見、

「……あぁ」

一言残念そうな音を発した。

「なに?」

緊迫した様子ではないし、Kとaも暢気にそれに倣う。

「……おい!!?」

「あいつ…!」

家からそこそこ離れた場所に。エルフェルと呼ばれていた少年が、シールと話をしている姿が見えた。



大人しく機を図りながら、シールはエルフェルを睨んだ。

「ぼく、君達に興味あるんだ。君が一番力がありそうだったから」

「俺が…?」

とんだ勘違いをされたものだと鼻を鳴らす。シールは自分がかよわいことを心得ている。自虐ではなく真実として受け入れてはいるが、それでもあの特殊な三人と並んで立った時に自分が最も力がありそうだなどと言われても厭味にしか聞こえない。

「残念だがハズレだ。俺には何の力もない」

そう言うと、エルフェルはきょとんと首を傾げた。

「 ? そんな風には見えない。だって、この感じ―─…」

眉を寄せて、困ったような顔で考え込んでいる。マディメの血に流れる有翼種の因子を感じ取ったのかも知れない。例えそうだとしても微々たるものの筈で、彼が反応する程の力が流れているとも思えなかった。仮に流れていたとしても発現しないものなら意味はない。

「んー…、まーいーや。でも、君が彼らを束ねてるのは確かみたいだし」

それに関しては沈黙で返した。確かに彼女たちの雇い主はシールだ。

「だからね、君にお願いしようと思って。ぼく、彼らが欲しーんだ」

「なんだと…?」

シールの眉根が微かに寄る。表情に出たということは、相当不快に思ったのだろう。

「だって、強いしー、なんか珍しーし。退屈しなそーだし」

にこにこと欲しい理由を並べ挙げる。

「その評価は確かだが」

いつもの飄々とした顔でそう言うと、シールはエルフェルを見下すように嗤った。

「俺があいつらを手放す事は、ない」

エルフェルはきょとんとして、何を言われたか解らないとでも言いた気な様子だ。

「なんで?ぼくが欲しいって言ってるのに?」

幼くして強大な力と権力を得た者は得てして我侭で傍若無人になる。彼が欲しいと願って手に入らなかったものはなかったのだろう。その力を畏れて、きっと彼の申し出を断る者など今まで居なかったのだろう。

「あっ、そっか。ただとは言わないよ?対価交換が常識なんだよね。じゃあー…何がいいかな。う~ん…」

欲しさと珍しさと実用性から、なかなか値が決まらない。

「何を積まれても、俺から差し出す事はない」

あいつらが自分からおまえの元に行くと言わない限りは、と口の中で呟く。シールはカルキストの意思を尊重する。彼女たちが自らシールの元を離れるのであれば、止めることはない。

「…ふぅん」

エルフェルの眼が細くなる。ご機嫌を損なったらしい。しかしエルフェルが凶行に及ぶ前に、

「なぁにやってんだシールのバカぁ!!」

護衛たちは間に合った。

「知らない場所を、ひとりでうろついちゃいけません!!」

「ぐぇ…」

Kに後ろから首をホールドされてエルフェルと距離を取らされる。aはシールを背に庇い、エルフェルに向けてファイティングポーズをとっている。後から悠々と、キョロちゃんとグールは歩いて近寄ってきた。

「こんなところまでおいでとはね。暇そうでなにより」

「ずるいぞマスカルウィン!こんなおもちゃを独り占めして!」

「誰のこと?ねえおもちゃって誰のこと?」

「おまえらだな」

なんとかKの腕から逃れたシールは衣服の乱れを正してからエルフェルを睨み直した。

「やらん」

「っ!」

その台詞とエルフェルの激昂具合になんとなく流れを察し、キョロちゃんはシールをまた数歩下がらせた。グールの守備範囲に入ったことを確認する。直後、

「じゃあ、いらない」

地が爆ぜた。

「ぼくのものにならないなら要らないもん!消えちゃえバーカっ!」

「「最悪だな!!」」

チラとシールの無事を確認して、ふたりは其々に召喚獣を呼び出す。

第二回戦。一度目は勝っているとはいえ、今回のエルフェルは『遊び』じゃない。有翼種というものの力を改めて体感することになった。




「やだ強い!」

エルフェルの強力なエネルギー弾をなんとか相殺して、aはそう叫んだ。Kは辟易しているが、aからは喜悦が漏れ出している。

「こんなのがウヨウヨいて領土取りしてるとか!完全にバトルものじゃん!ジャンル違いです!こないだ煌王戦やったばっかだからバトルはもういい!」

肉体の全盛期は十二歳だったと嘯くKはうんざりしながらも連弾を避けきった。

「ええいっ、ライ!」

さっさとケリを着けるべく、Kは再び黒龍を召喚する。が、

「それはさっき見た」

「嘘だろ?」

エルフェルはなんと、黎の雷撃を相殺して見せた。驚いたのはa。Kはご立腹で、

「んーじゃレイも追加!」

黒龍を一体追加召喚。双方向からの雷撃に、エルフェルは流石に回避を選んだ。しかし、その先にはケルプを駆るaが回り込んでいる。ケルプを足場にしながら空中とは思えない身体捌きで肉弾を叩き込む。エルフェルは障壁を張ってダメージこそ軽減したものの、かなりの距離吹き飛ばされた。

「なんだよ、なんだよなんだよ!!」

遠く離れたエルフェルの背に、強い光が集まっていく。光に見えるほどの強大なエネルギー。それはやがて空間を歪め、大きな大きなドラゴンの口が現れ始める。

「うぇ!?召喚!?」

「バカな。そんなわけ──」

驚くKたちに、キョロちゃんは首を振った。

「君たちを真似てカタチを取っただけだねアレは。でもかなりの破壊力がありそうだから、取り敢えず逃げた方が良さそうだ」

言っている間に、竜の口にみるみるエネルギーが蓄積されていく。溜まりきれば恐らくレーザービームのように射出されるのだろう。

「よし。逃げ──」

「あ、間に合わないっぽい」

終わった──

放たれた光の帯は想像以上に広域で、カルキストは転移で逃れられても離れている他三名を助けられない。Kは思考が真っ白になったまま焼失していく草木と大地が迫り来る様を見た。すると、視界がaの背で覆われ…

「!?」

熱光線は軌道を曲げられ空へ消えていく。誰もが言葉を忘れ、その様を静かに見守った。

「なんだよ、そ…れ……」

本当に全力を込めた一撃だったようで、エルフェルは墜落していった。それを確認しaは構えを解く。同時に、護りの盾も消えていった。

「あー吃驚した。皆大丈夫?」

「……吃驚したのはこっちなんですけどね…なんですか今の」

Kが動揺を隠しきれないまま問い返す。

「ゾファスの盾か」

「まだ使えたんかそれ」

シールとグールの呟きにKが再度驚く。

「は?いや、だってそれは──」

aは視線を逸らして苦笑いしていた。

「……嘘でしょ。隠してたの?」

「んー、いや、あれ以来使うのは初めてだよ。一応ここマスカルウィンだし…と思って。本当使えて良かった……」

ターミナルからの補助だと言っていた筈だ。だとしたら、例え此処がマスカルウィンだからといってもターミナルがない今それが使えるのはおかしい。不信な眼差しをaに向けつつも、命が助かったのはそのお陰だし…とKは追及するのをやめた。

「本気のエルフェルとやりあって無傷。召喚…とやらと、盾?うん、やっぱりとんだバケモノだね君ら」

キョロちゃんは楽しそうに笑っていた。

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