008
しとしとと小雨が葉を揺らす音。ぼんやりと意識が戻ってくる。どのくらい寝ていただろう。
「……まだ降ってるな」
「あ、起きた? うん。小雨にはなったけど。まだそんなに時間経ってないよ」
「そうか」
三十分くらいだろうか。aは時計も着けてないので正確には解らない。
「あのモジャモジャ、オチガミに似てるよね」
雨宿りしている間も何度か見掛けた。幸いこちらには気付かず通り過ぎていったが、よく見えるほど近くまで来られたこともあった。
「神代前ならオチガミなんて居ない筈だろ」
そもそも神が居ないのなら、堕ちることもない。だからシールはアレを『実在しない』のではないかと考えたのだ。解りやすい敵性体として表現された幻ではないか と。
aはふーんと気のない返事をして、話題を切り替えた。
「シール寝てる間考えてみたんだけど、こないだみたいにKの居場所感知出来ないの?」
「こないだ?」
「あ。そっか。えっと」
Kの魂が行方不明になった時にシールが探し出したことがあったと簡単に伝える。
「ああでもそっか、神力なら使えないか」
魂を見抜く力はマルネスの加護だ。この時代では使えない。そもそも──マルネスの加護は魂や『力』を視認出来る類いのもので、視界の外までは作用しない。『居場所を感じとる』なんて芸当は出来ない筈だ。
シールは暫く怪訝な表情をしていたが、その内静かに目を閉じた。
「?」
まだ眠かったのかな、とaは特に声も掛けず雨に打たれる葉を見ていた。
「見えた!あれ出口じゃない!?」
通路の先に光が漏れている。その淡い光が通路壁面のレリーフを照らす。大きな蛇と多重の円。漸く見えたそれはKにぺファンの彫刻を思い出させた。やはりここは精霊殿だったのかも知れない。
出口とおぼしき光へ向かって走り出そうとしたKの腕をグールが掴む。
「いやおかしいやろ。今はまだ夜の筈や」
知らぬ間に朝が来ていたにしても、あの光は明るすぎる。
「……確かに」
Kは大人しく足を止めた。
しかし光があるのなら、人が居る可能性が高い。その光が炎に依るものであれば、地上との直通路も開けている筈だ。換気孔であれ、それなりに空気の入れ換えが出来ねば火は使えない。
「まぁ行ってみよう。何かあったら、グールちゃん宜しく」
溜め息で答えて、グールはKに追従した。
「これ、は……」
あまりに眩しい、目を焼くような光。一瞬直視してしまった目を手で覆う。この光源には見覚えがある。
「煌月……」
であれば、こうして浴びているだけでも良くない影響があるかも知れない。通路を引き返し、直接光が当たらない場所まで退避する。
「地下に、月が」
「いやいや、ちゃんと空にもあったやん。煌月とは違うんやろ」
「そりゃそうだ。大きさも多分全然違うね? じゃあなんだ。月の欠片か」
口にして、Kはハッと目を開いた。
「そうかも?」
『昔、とても強大な力の塊が散った』
『神の誕生か、初めて聞く』
『…残滓がまた大きくなって…』
『悪意に触れて堕ちた神』
『そう考えると貝空は、神に近いねぇ』
『オチガミに似てる』
様々な記憶がフラッシュバックする。つまり、此処は
「カミサマ製造ライン…?」
「はぁ?」
タクちゃんは、何かが砕けて飛び散ったその欠片に人々の信仰が人格を与えたものが神だと言った。つまり残滓だ。貝空の在り方は神に近いと言ったけれど、近い処じゃない。神と煌月と玄霊は
「おまえ…とんでもない思考回路しとるな」
「なんでよ」
これらの仮定を全て肯定するならば、
「ジズフ、作れるのでは?」
噂が宿るのを待つ間でもない。このエネルギー塊に概念を与えられれば、ジズフを作り出せる。
「概念を与えるて…簡単に言うけどどないするん」
「それは謎」
はあ、と大きな溜め息が聞こえた。
「アレには近寄らん方がええ。月や玄霊ほどの狂気は感じへんけど、煌力には違わん」
「手っ取り早くミッションコンプリートとはいかないかぁ」
肩を落として一拍、Kは顔を上げる。
「待って。あそこ越えないと出口に辿り着けないんじゃないの」
グールも深刻な顔で黙り込む。此処まで分岐点はなかった気がする。Kは暗すぎて見逃したかも知れないが、グールは慎重に辺りを見回して進んできた。煌力塊のある部屋の先が出口に繋がっている可能性は高い。
幸い神の素たる煌力塊は狂気度は低い。
「さっと通り抜けるか?」
「…大丈夫かな」
グールは渋っている。
あの煌月塊から熱は感じなかったがとにかく眩しい。サングラスでも召喚したい処ではあるが、何分召喚は現在使えな――
「ん?」
「どしたん」
じっと手を見つめるK。
ヴぉん
馴染んだ振動音。Kの手にはサングラス。目を見開くグール。
「召喚、使える」
懐かしくさえ感じるその振動に顔を上げた。
「えっ、雨降ってんじゃん」
「そういや増水しとったな」
「は?」
目の前で傘を召喚してみせたKは、樹の虚で雨宿りする二人を見下ろしていた。
「あれ? 大丈夫??」
ポカンとしたまま反応がない二人に困惑しつつ、グールに傘をささせて腰を屈める。
「K、召喚……いや、いや無事で良かった!怪我とかない!?」
「全く~。グールが居て良かった、ホントに」
「どうなってる」
端的なシールの質問に、Kは「よく解んないけど」と前置きして答えた。
「なんかいきなり使えるようになった」
シールはaに顔を向け「おまえは」と尋ねる。aは何か取り出してみようとするが
「……ダメみたい、だけど」
『穴』は開かない。
「え、そうなの?」
「相変わらず磁場不安定の警告も出てるよ」
Kは眉をしかめる。
「いや、多少揺らいでるけど使えない程では」
となれば、シールに示唆された『暗示』の可能性がいよいよ増してきたとaは考えた。
「シールが、魔物を踏んだんじゃないかって言うんだけど」
「まもの?」
ざっと説明を受け、Kは納得したような表情で頷いた。
「あー、ね。そうだったのかも。少しずつ誇張されてた」
磁場の狂いは転移装置が使用不可能な程に。カミサマのなり損ないは異様な敵性体に。ある程度の事実を活かして認知を乱されていた。
「あのモジャモジャも、今は恐く感じないしな」
「そうなの? なんで解けたの?」
さぁ、と首を捻る。タイミング的には煌力を浴びた所為もあるかも知れないが、頻繁に召喚の具合を見ていたわけでもない。単なる時間経過による効果切れの可能性もある。
「当ててみれば解るか」
「?」
Kの一存により、全員で煌力塊の部屋の前に転移した。
「うわ何あれ」
「多分カミサマの素だと思うんだよね」
先程推測した内容を聞かせると、aは眉根を寄せていたがシールは小さくなるほどと呟いた。
「じゃあ触れてみたらいいんじゃないか」
「はぁ!? ヤバいやろ」
危険を訴えるグールを一瞥して、シールは煌力塊に対峙する。
「ホントこの子こういう時勇気あるよね」
「多分だが。俺は恐らく煌力に耐性がある」
Kたちに背を向けたまま、シールは立ち止まってそう言った。
「え?」
確かに、玄霊に威圧されずにいたのはシールだけだった。
「煌力に限らんが。魔術師曰く、
「……あ、『体質』?」
グランチェスカに襲われなかった理由。シェレスキアは煌力に似たエネルギーパターンを持っていた。ケテルの国家守護獣も然り。であれば、
「いや、でも、やっぱ止めといた方が」
aが控えめに提言した。まだ間に合うと見て、Kも言葉を重ねる。
「熱を感じないとは言えエネルギー塊。ジュワッといっちゃうかも知れないし」
総反対を受け、シールは憮然と煌力塊に背を向けた。
その瞬間。
煌力塊は突然に光を増し、シールを飲み込んだ。近くに居たKは思わず手を伸ばし、共に光に飲まれた。グールは咄嗟に隠す様にaに覆い被さり、数拍後。グールが崩れ落ち拓けたaの視界には、床に伏した三人と光を失った暗い部屋のみがあった。
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