007

行けども行けども森は深く、磁場の乱れは直る兆しもない。

虫やあの変なモジャモジャはよく見るが、動物の姿は未だ確認できていない。

「シール、体調大丈夫? 頭痛くなったりしてない?」

仮に痛み出していたとしても何もしてあげられないのだが。

「足が疲れた」

「あっ、そうだよね」

シールのか弱さは解っていたのに、今は焦るあまりに失念していた。もう随分と歩き通しだ。

「どうしよ、ちょっと休む?」

「あぁ」

適当な岩に腰掛ける。

「水とか果物とかないかなぁ…喉乾いたよね」

木々は広葉樹が主で、季節的にも実は生っていない。ドングリのような木ノ実なら偶に転がっているが、食べられそうにもない。

「仮に川とか有っても、飲めるのかって話だけどさ」

火をおこすのも容易ではない。

Kならポケットにライターを忍ばせているかも知れないが、aはティッシュとハンカチくらいしか持っていない。逆にKは恐らくハンカチなど持ち歩いていないだろう。

「あ、またアレ…」

言葉を切って、じっとソレが通り過ぎるのを待つ。

運良くすれ違いを繰り返しているが、アレは一体何なのだろう。こうして気付かれないように遣り過ごす必要はあるのだろうか。

「……アレは、実在してないかも知れん」

「?」

シールは相当疲れているらしい。

突飛な現実逃避を始めたなーと、aはあまり気に留めず聞き流した。



森を出られないまま日が暮れかけている。

空腹くらいは我慢するが、水分を摂れていないのは危険だ。生死不明なKたちを探しに行く前に自分達が死んでしまう。

これだけ豊かな森なら川くらい有りそうなのに、水場には一向に出会わない。虫以外の動物にも出会わないので血を頂くことも出来ない。

夜を越せば、朝露くらいは手に入るだろうが…

「どうにもおかしいな」

シールが足を止めて呟いた。

「ひょっとすると、魔物を踏んだかも知れん」

「魔物、って…なんだっけ」

前回説明を受けた気もするが、そんなに覚えていない。aは誤魔化し笑いを浮かべてシールを見た。シールからすればそれをaに説明した覚えはないので気にせず続ける。

「魔物ってのは、現象だ。踏んだ者の無意識の恐れを具現化する」

つまり、起こったら嫌だなぁと思うことが現実になる。

召喚が使えない。敵性体の闊歩。Kたちとの分断。森から出られない、救出に行けない、水がない。

こんなに都合悪く、半ば強引に不運が重なる理由としてそれは十分に考えられる。

「ええと、解決策は?」

「知らん」

「えええ」

aとしては不運の原因など知ったところで、現状が好転しないのならば意味はない。

「ただ、魔物に現実を作り変えるほどの力はない。要するに、不運の幾つかは思い込みだ」

例えば、そこに水場はあるのに見えていないとか。

例えば、モジャモジャの陰は本当は居ないとか。

例えば──

「磁場は狂ってないかも知れない…?」

「可能性としては」

であれば、試してみる価値はある。



グールのシャツを掴んでKは後ろをついていく。今は追手も近くに居らずゆっくりと歩いていた。

「これって精霊殿なのかね?」

追跡者は目も耳も特別いいわけじゃないらしい。近くに居なければ小声で話す分には大丈夫そうだ。

「さぁ知らん。あいつなら解ったかも知れんな」

「あっちは大丈夫かね。どうしてるだろ」

グールは小さく肩を上下させる。

今は他人の心配をしている場合じゃない。

地下だけあって水分は幾らか得られるが、食料になりそうなものはない。いや、グールにとってはひとつ。戦闘能力も警戒心もない絶好の非常食が背を掴んでついてきているのだが──これを食べると還れなくなる。

「──あれ?」

Kが歩みを止めて視線を巡らす。

「どないした」

「なんか、水の音しない?」

地中を巡るものではなく。この音は。

「……川?」

言われてグールも耳を澄ます。

サラサラと、遠く仄かに。

「ぽいな」

「方向、解る?」

グールは暫く音に集中し

「凡そは」

音を頼りに歩き出した。



「水路だ!!」

天然岩を積み上げたような石垣の洞は進むにつれ人工度を増していき、水路が見えた頃には丁寧に造られた回廊に変わっていた。

「辿れば外に出られるのでは?」

「辿る…て…」

見た限り、水路に沿った歩道はない。

水路は浅く水はキレイに見えるが、何であれ浸かるのは得策ではない。

「無理そう?」

「沿って歩くんは無理やな」

「そっか。なら……音を頼りに下流を目指そう」

水の流れを辿って行けばいつかは森から出られる筈だ。

その前に、とKは少しだけ水路に近付く。

「この水、飲めそう?」

安全であろう位置から首を伸ばして覗き込むが、黒いばかりでよく見えない。

「そこで待っとき」

グールは水路に近付き、匂いを確かめてから手で水を掬った。再度鼻を近付け、少しだけ口に含ませる。

「……変な感じはせんけど」

「沸かしたいけど、器も無いしな」

ふたりはここで水分補給をすることに決めた。



膝を抱えて身を縮ませて、aとシールは樹の洞で脚を休めていた。

幸か不幸か、雨が降ってきたのだ。

漸く喉は潤せたが、身動きが取れなくなってしまった。

洞は狭く、虫も多い。

aは特別虫が苦手ではないが、脚の多いものはやはり気持ち悪いと思ってしまうし、羽虫は単純に鬱陶しい。いざとなったら食料だと自分に言い聞かせて我慢している。

本当に磁場が狂っているのか思い込みが強いのかは解らないが、結局召喚は使えなかった。

適当な無機物の召喚を試みたが、穴自体巧く開けなかった。事故が起こる可能性が高く危険なためそれ以上は試していない。

「そういやこっちにいる間、あんまり雨だったことなかったなー」

旅の間も雨が降った記憶がない。大体いつもいい天気だった気がする。

「そういやそうだな。運が良かった」

「あれ、眠い? ちょっと寝ちゃってもいいよ」

舌が少し回ってない。見るといつもの半眼よりも瞼が落ちている。

aの提案に一瞬だけ視線を上げてから

「そうする。雨が止んだら起こせ」

「はいよ」

お疲れのオージサマは数秒掛からず眠りに落ちた。




望みを述べろと神は言った。

ひとつだけ、何でもアリだと。


何も思い付かなかった。

名声と信頼が欲しくて旅に出た。

しかし旅を終えてみたら、それはそこまで欲しいものではない気がした。


望みを叶えられる期限があると神は言った。

期限内に見付からなければ、魂の適性に従い何らかの力が与えられる と。または、深層に望みがあればそれが叶えられる と。


結局。

タイムオーバーだった自分は何を得たのだろう。





「何か音強くなってない?」

「流れが速なっとんな」

少し前から水路の音に異変が生じていた。

どうやら水量が増している。

これが外から来ている水だとすれば、恐らく雨が降ったのだろう。

「大降りじゃん。a子たち大丈夫か?」

「こっちとしちゃ音が聞き取り易ーなってええけどな」

「そだね」

幸い、地下洞の造りは迷路的ではない。

陰を避け追っ手を撒きながら思ったより順調に進めているように感じる。

落ちてきた当初よりは気持ちもうんと落ち着いている。

穴の具合を確かめる。

未だ使えそうにない。

それでも、こちらは意外となんとかなりそうだ。

となると森に残してきたふたりが心配になってくるKだった。

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