005

案内された場所は、クェイネルバロウの家らしい。木と岩で出来た立派な家屋だが、近隣に他の建物はない。

「此処がどんな土地かって? なんてことない島の、これといって特徴もない山林だけど」

マスカルウィンやゲブラーといった単語は正しく意味が通じないのでおおまかに尋ねてみたところ、質問を上回るおおまかな回答が得られた。

「暦は?」

「暦…って…種蒔きとかの時季? そんなん知りたいの?」

「最近あった大きな事件は?」

「うーん…残滓がまた大きくなって、内陸の集落がまたひとつ潰れたくらいかなぁ」

意外なことに、クェイネルバロウはKたちの問いに素直に答えてくれる。

「…残滓…」

この時代、玄霊の前身はゲブラーに縛られず世界中をフラフラしていたらしい。ソレはまだ名を持たず、『残滓』と呼ばれていた。

「念のため確認しておく。世界樹セフィロートは…」

「? なにそれ」

「無いんだな」

暦も参考にできる事件もないようなので細かくは解らないが、世界樹がないのならば少なくとも800年以上は前の時代ということだ。

「で、なんでキョロちゃんは急にそんなに素直になっちゃった?」

「いやぁ、だって」

クェイネルバロウは目を眇めて順番に四人を見た。

「よく見たら君たちには『死』が無いから。マスカルムと同じような存在かなと」

「死がない?」

aが復唱するとクェイネルバロウは少し考えて言い直した。

「うーん。無いって言うか、すごく遠い。遠すぎてオレには認識出来ない」

「キョロちゃんは他人の死が認識出来んの?」

「そうだよ。まぁ見えるのは、命の長さ…なんだけど。だから死徒さ」

寿命が解るということだ。死の神との契約によるものだろうか。

「そういやなんで街焼いたの?」

「え? あー、オレが火を着けたと思われてる?」

「違うの!?」

あんな登場の仕方をされたら普通犯人だと思うだろう。

「違うよ。死の気配が色濃かったから回収してただけ」

「回収って…魂的な?」

「死の概念、かな。マスカルムのごはん」

「ごはん」

思わず復唱する。死の神は『死』を摂取して存在を強める。人々の畏怖を受けて力を得る。なるほど。ごはんだ。

「それと、エルフェルをぶちのめしたのが気持ちよかったからかなぁ」

脱線しかけていたが、Kたちに素直に応じた理由のもうひとつがそれだということだ。

「でもたぶん目を付けられたから、気を付けた方がいいよ。アレもしつこいからね」



クェイネルバロウの好意に甘えて、彼の家を当面の拠点にさせてもらうことにした。と言っても、今後の予定は決まってない。

「なぁそう言えば帰りってどうすんの?」

「ジズフが適当に時間が経ったら迎えを寄越すって言ってたから、たぶんジズフが生まれるような何かが起こらないと還れない」

「げ……」

あんな適当な答えを信じるんじゃなかった、と今更後悔したところで既に手遅れ。具体的に何をしたらいいのかさっぱり解らない。

「シールちゃん、何か手掛かりになりそうなジズフ伝説知らない?」

「そもそも伝承の多い神じゃないからな」

考えてくれてはいるが、思い付かないようだ。

「キョロちゃんはカミサマだと認識してくれたんだし、広めといて~じゃダメなのかな」

それをぼんやりと聞き流していたグールが、溜め息混じりに言った。

「要は、人の多いところで召喚を見せ付けたったらええんやろ」

「そうだわ」

『彼の使う術を見て人々は──』

『そんな術、見たことない』

いつかのタクリタンの台詞と、エルフェルが現れる前のクェイネルバロウの言葉が甦る。何か大きな事件を起こす必要はない。ただ召喚の業を使う者がいると広まれば、それがそのままジズフに繋がる。

「なんだ、良かった」

ならばこれからやるべきことは、人がたくさん集まる場所をなるべく多く回ること。

「もう一回、世界旅行しちゃう?」

時越えは使えないが、考えてみれば座標は変わらない筈だ。転移は出来るのではないかと思い至る。

「ジズフはティフェレト周辺で篤く信仰されている。まずはその辺に行ってみたらどうだ」

シールの提案を受け、最初の目標が定まった。

「内陸に出掛けるなら気を付けて。まだ残滓が漂ってるだろうし、有翼種の抗争も盛んだから」

マスカルウィン周辺はエルフェルの支配が安定しておりここ数年は平和を保っている。目に余るワガママプーだが、その点は評価されている。

「ここから真東の荒地は特に好戦的な『赤砂蛇』のナワバリだから、入らない方がいい」

「危険スポット情報。シールちゃん、聞いておいて」

Kでは覚えていられない。



試しにウォンダミールの座標へ転移してみると、既に大街道が敷かれていた。流石に規模は幾らか小さいが、それでも結構な賑わいだ。

「これはだいぶ期待できるのでは」

人の量と反応は申し分ない。なにせ、広場で公演中の舞台の真上に出てしまった。

「あー、お邪魔しました…」

慌てて再転移。街道の端に現れ直す。何人かは二度見していったが、今度はそう気にとめられることもない──筈もなく、次第に遠巻きな人だかりが出来上がった。

「もう十分では?」

Kもaも目立つ割に目立つことを好まない。いたたまれない様子で顔を見合わせている。

「フェニックスくんと青龍ちゃん召んで逃げれば目的達成でしょ」

そこへ、人混みを割って歩み出る人影がひとつ。金髪碧眼の美丈夫だ。系統的にエルフェルによく似ている。

「他人の管理区で何をやっている。どこの所属だ」

まるで軍人のような物言いに、Kたちは逃げ遅れた事を悟った。

「いや騒がせてしまって申し訳ない。悪意はないので見逃して欲しいです」

両掌を見せて──フェニックスくんを召喚。逃亡を試みる。虚を突かれ一瞬出遅れたものの、その美丈夫はすぐにKたちを追ってきた。空を飛んで。

「なにあれ!!人間は空を飛ばない!!」

「単騎だし速いな!追い付かれる!」

背から膨大なエネルギーを放出しながら凄まじい速度で追ってきている。

「有翼種ってさぁ、翼生えてるんじゃなかったの!? ジェットじゃんアレ!」

そう言えばエルフェルにも翼は生えてなかった。

「実際に生えていたわけではないのではという説も唱えられていたが、そっちが正解だったようだな」

「今そんなことどうでも良くない!?」

Kとシールのやりとりにaが叫ぶ。

射程圏内に入ったのか、業を煮やしたのか。追跡者は攻撃の姿勢を見せた。

「あ、エルフェルと同じ感じ」

エネルギーを溜めて、撃ち出す。それだけの単純な攻撃は、単純なだけに予備動作が短い。つまり、早くて数が撃てる。

「うおおおおッ!!」

「だからなんで攻撃してくんのよ!」

フェニックスくんも青龍ちゃんも巧く避けてくれているが、背に二人ずつ乗せている。守護獣よりも小さいその身体ではすぐに限界がくるだろう。

「応戦する?」

「しないとヤバそうかな!」

と、突然。パタリと攻撃と追跡が止まった。

「え?」

攻撃方法を切り替えるのかと警戒するが、完全に攻撃の意思は失せているようだ。暫く此方を眺めた後、くるりと踵を返して飛び去っていった。

「管理区とやらを外れたのか?」

「あー、なるほど?」

だとしたら、あんなあっさり引き返すだろうか。暫くは境界を見張るくらいしそうなものだが…

ぐっ、と。

「──!??」

「わっ!?」

下から力強く引っ張られるような感覚を受け、フェニックスくんと青龍ちゃんは墜落を始めた。

「えっ、ちょ、何──」

Kは慌ててシールの手を掴み、地表付近へ転移する。aもグールを連れてそれに倣った。

なんとか墜落死を免れた四人が降り立ったのは、鬱蒼とした森の中。

「あ、マズイ」

「これは……樹海的な?」

顔色をなくしたカルキストに、シールとグールは嫌な予感を感じた。

「どうした」

「…えーっとね……」

言おうか、言うまいか。少し悩んでから、Kは満面の困り笑いを二人に向けた。

「ちょっと今、召喚及び転移は使えません♡」

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